岬の幽霊屋敷

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 案内されたのは、ライラの居た場所の隣の部屋だった。  そこは一見すると書斎のようで、木製の簡素な机とイスが部屋の隅に置かれていた。  目線を右にやると、その奥にライラの背丈を越える大きな本棚が三つ並んでいた。  声の主の指示に従い、向かって左の本棚の上から三段目の棚を手でなぞると、側面の内側に小さな窪みを見つけた。  それを軽く引くと、本棚がずんと手前に動き、さながら隠し扉のようにその先にある空間へライラを招いた。  本棚、もとい隠し扉の向こうには、二階へ続く階段があった。ライラがその階段を上がっていくと、その先には小さな廊下があり、真向かいの部屋から微かに光が漏れていた。 「そこにいるのね」  ライラは声を殺してそう呟くと、ドアノブに手を掛け、躊躇いなく開け放った。  その瞬間、眩しい光が目に飛び込んできた。ライラはたまらず目を瞑る。  恐る恐る目を開けて部屋の中を見渡すと、まず目に入ったのは、巨大なディスプレイだった。その周りにも大小さまざまなディスプレイが並んでいる。  その他にもPCや見たことも無いような電子機器類がたくさん置かれている。まるで、昔テレビで見た秘密結社の本部のようだとライラは思った。  その空間の中央に、イスに腰掛けた人物の後ろ姿が見えた。 (こいつが屋敷の主人ね・・・)  そう思いながら、その姿をじっと見つめていると、イスがくるりと振り返る。 「え・・・!?」  目の前に姿を表したのは、美しい少女だった。  てっきり男性とばかり思っていたライラは面食らった。見れば、おそらく年齢も自分と同じくらいだ。  特徴的なのは、長い睫毛に縁どられた大きな青い瞳。  それ以外は頭からつま先まで、髪の毛も肌も洋服もすべて真っ白。  まるで精巧に作られたビスク・ドールのようだ。 「改めまして。はじめまして、ライラ」  人形のように押し黙っていた少女は口を開いた。   「私の名前はユーリです」  ユーリはイスから立ち上がる。  明らかにサイズの合っていない男物のワイシャツを着ていて、その下にはすらりとした足が伸びている。なぜか裸足だ。  ライラは訝し気な表情でそれを見つめる。 「あんたは何者なの」 「先ほども説明した通り、この屋敷の主人です。ここで一人暮らしをしています」  淡々とした口調でユーリは答える。非常に澄んだ声だ。だが、言葉には抑揚が無く、その声からは感情というものが読み取れない。 「さっきの殺しの依頼、本気なの?実は冗談とかでしょ?」  その質問に対して、ユーリは首を振る。それに合わせて、腰まで届く艶やかなストレートヘアが揺れる。 「いいえ、冗談ではありません。私を殺してください。ただし、今すぐではありません。5月10日、必ず日付を厳守してください」  ユーリは首に掛けた懐中時計に手を触れる。ずいぶん古そうなものだ。  そのままライラに続けてこう尋ねる。 「それで、私の依頼を引き受けていただけるのでしょうか」  ユーリはそう言って、ライラを見つめる。やはり何の感情も読み取れない目をしている。  ライラは色々な情報をうまく消化しきれず頭を押さえる。だが、自分を落ち着かせるように軽く深呼吸し、真剣な面持ちでユーリに問いかける。 「依頼を引き受ける前に、あんたに一つ聞きたいことがある」 「なんでしょうか?」  表情も変えず問い返すユーリに、ライラは毅然とした表情で質問した。 「あんたは悪人なの?」  問われたことの意味が理解できないのか、ユーリは無表情のままライラを見つめている。 「私はたしかに殺し屋よ。でもね、自分のポリシーってものがあるの。だから、あんたが殺すに値する人物か見定めてから、依頼を受けるかどうか決めさせてもらうわ」  ライラは堂々とそう言い放つ。 「よく意味は分かりませんが、お好きにどうぞ」  ユーリは感情の無い声で応えた。 「指定日まで時間はたっぷりあります。あなたのコンディションも万全ではありませんし、足の怪我が完治した時に答えを聞かせてください。それまではご自由にお過ごしください」  ユーリはそう言うと、ストンとイスに座り、ライラに背を向けた。   ライラも素っ気ない回答が気に入らないのか、フンと鼻を鳴らし、部屋を出て行ってしまった。  こうして少女ふたりのふしぎな共同生活が始まった。
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