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「皆見る目がないですね。加藤くんはかなりの優良物件だというのに」
「いやいや、穴が空きまくりの事故物件だよ」
「じゃあ、間を取って穴が空きまくりの優良物件という事で」
「……あはは、励ましてくれてありがとう」
相澤さんは本当に優しい人だ。僕が落ち込んでいる空気を察してくれて、適切な言葉をかけてくれる。虫に対する愛情も人一倍で、時々変な事を言うけど、それもまた可愛い。
登山をしながらの写真撮影は滞りなく順調に進んだ。虫の種類やレア度は自分にはよく分からないが、相澤さんは満足そうに一眼レフの画面を見ながら笑っていた。僕もその様子を見ながら丁寧に青空と八月の濃緑を切り取った。
「私、冬が嫌いなんですよ。蚊に会えなくなりますし、蚊取り線香も使えなくなっちゃうので」
「蚊の事が好きなのか嫌いなのか分からないよ!」
「蚊は好きですよ。でも、蚊取り線香を夏に使うのも風情だなあって思うタイプなんです」
こうして世間話をしていると、時々相澤さんが山に見えてくる。これは太っているとかそういう失礼な感想ではなくて、どっしりとした自分の考えを持っていて、変に強がる事もなく、悠然と生きている様に僕の目に映るからだ。そこにいるだけで安心する。好きだなって何回も思う。ずっと傍に居て欲しいと願ってしまう。
彼女を好きになった理由は実は曖昧で、気付けば目で追うようになっていた。でもそうやって追っている内に色々な魅力に気付いて、今では好きな所を何個でも唱える事が出来る。恋した動機なんて、本当に恋をしたらどうでも良くなるのだ。
「ちなみに夏は好きで春は嫌いです。花粉症だし、くしゃみがすごい変なのがバレちゃいやすくて」
「ちなみにどんな感じなの?」
「バキバキバキって音が出ます」
「何か折れてない……? 大丈夫?」
何故か鼻の下を自慢げに擦ってはにかむ姿を見て、また好きな所を見つけてしまったなと頬が少しだけ赤くなった。僕は少しだけ歩く速度を緩めて密かに休憩時間も伸ばした。まだ登っている途中なのに、もう名残惜しさが芽生え始めていた。
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