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僕の口から間抜けな声が零れた。自分に都合の良い夢の世界を漂っている様な、浮遊感と高揚感が心を惑わせる。山にいるのに太陽の中に体を浸しているみたいに熱い。前もって塗ってきた日焼け止めが体表から蒸発してしまいそうだった。
「ええと、先に山頂行ってますね!」
走り出した相澤さんの後ろをついて行こうとしたが、足が震えて動けなかった。きっとさっきの悪戯の続きで僕をからかっているのだ。分かっている。勘違いはしない。ここで変な事を言ってしまって、折角の登山をしたという思い出を台無しにしたくない。そんないつも通りの後ろ向きの思いが胸中をジクジクと侵食していく。
僕と相澤さんが、両思いなんて有り得ない。
だからスマホで連絡して自分だけ先に降りてしまおう。そうしてさっきの会話も有耶無耶にしてしまって、僕達はいつも通りのままで。それで良い。
「違うだろ……」
本当は分かっていた。からかいじゃないと。
相澤さんの顔が、秋の山々の様に紅葉して、美しく色付いていたのを見てしまったから。
「登らなきゃ……!」
僕は走り出した。既に見えなくなっていた相澤さんの姿を捉える為に、無我夢中で。視界に入る美しい山々の景色も途中に飛んでいたユスリカの大群も無視した。もう、君しか見えなかった。
山頂に辿り着いて相澤さんの姿を探した。自分の中に既に有ったこの想いを吐き出す為に。荒くなった息を整える暇も無かった。
「こっちですよ」
声が聞こえた。しかし、目に入る範囲には相澤さんはおろか人一人も居ない。それでも微かに聞こえる声色を頼りにもう一度動き出す。地面に散らばった落葉を踏みしめて、石につまづいても、懸命に姿を探した。
「……何、してるの?」
遂に見つけた相澤さんは、木陰で身体を丸めてお尻をこちらに突き出していた。木の枝葉から落ちてきた緑葉が背中に数枚ついている。
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