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「嫌い!」
「えっ!?」
会った途端いきなり拒絶の言葉をかけられてしまった。僕が目を丸くしてどうしようか迷っていると、相澤さんは小さく囁いた。
「私、今はダンゴムシなんですよ」
ダンゴムシ。それがどうしたというのだろう。彼女が虫が好きなのは分かっているが、今の状況と何か関係が──。
「……交替性転向反応?」
相澤さんは今ダンゴムシになりきっている。虫が喋るのかとかそういう疑問は置いておいて、僕と相澤さんの間で共有しているダンゴムシの思い出がある。登山口で種類と性別について嘘をつかれた事と、交替性転向反応を教えてもらった事だ。そして脈絡も無く嫌いと言われた事。記憶が線となって彼女の考えを導いていく。
メロンソーダ、嫌い。
紅茶、好き。
冬、嫌い。
夏、好き。
春、嫌い。
虫の写真、好き。
嫌いな形の小石。
好きな人に悪戯したくなる。
脈絡の無い嫌い。
じゃあ、次は──。
「僕の事、好きですか?」
勇気を出した訳では無い。僕は臆病で存在が希薄な情けない奴だ。今だって喉は呆れるくらい震えているし、両足は産まれたての子鹿の様に頼りない。ただ、相澤さんが作ってくれたこの機会を台無しにする程、僕は無欲ではいられなかった。
返ってきた答えを脳で何回も反芻する。僕は大きなダンゴムシに近付いて、その愛おしい顔をじっと眺めた。その先に進む勇気は出なかったから、代わりに相手から唇を近付けてくれた。多分、今日はベッドの中で反省会ではなくて祝賀会を延々と開くだろう。
その後に見た山頂からの景色は、今までで一番綺麗だった。二匹はそのままずっと触れ合っていた。そのどこまでも愛おしくて暖かい、心に。
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