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飴玉は、後一つしか残っていなかった。
元々は百個の飴玉が入っていたガラス瓶をみつめ、魔女はため息を吐いた。
宝石の様に煌めく飴玉は彼女の力の源だった。彼女はそれを、ある魔王から受け取ったのだ。
「いいかな、小さな魔女。お前の望み通り力をくれてやろう。この飴玉を舐めれば、なんでも占える。どんな遠い未来も、誰の心の内も、正しくな」
そして飴玉は残り一個になっている。
「だがよく聞け。九十九回は占った事を変えることができる。悪夢は吉夢に、憎悪は愛情に、虐殺は起こらず、平和が訪れる……まあ、占いの結果を変えようと努力できればだが」
魔王は意地悪く笑っていた。
「だたし、最後の一回だけは占いの結果が必ず実現される。それがどんな事でもだ」
そして魔女は九十九回の占いを終えてしまった。残りは魔王に宣言された一回のみ。
「何を占おうか……」
魔女は瓶の中に残った、最上級のダイヤモンドみたいな飴玉を眺めていた。大陸中から最後にこれを占って欲しい、そんな要望が寄せられていた。
魔女は魔王との盟約により、占う前に自分の力を明らかにせねばならなかった。この占いが何回目で、占いの結果は変える事ができるが、百回目の占いの結果だけは避けらない。それを明言せねば、何一つ占えなかったのだ。
「でも、本当に何を占おう」
「帝王の後継者を占って欲しい」
「国の未来百年分を占って欲しい」
「次の戦争に勝てるか占って欲しい」
「この交渉は正しいのか占って欲しい」
「世界が滅びるのはいつか占って欲しい」
寄せられた要望は、どれも世界のいく末を左右するものだった。そのどれか一つを占って、他を断れば角どころでなく刃が立つ。そんな内容だ。
「どうしよう……」
これまでずっと、魔女は誰かの為に占いを続けていた。それが当然だと思っていたし、そもそも占いとはそう言うものだ。でも、今。
「どれかに決めたら、他から殺される可能性もあるよね」
魔女は『死』が怖かった。魔女になる前、まだ両親の保護下にあった時代に、祖母の死を看取ってからずっと。魔女になったのも、『死』を遠くにやりたかったからだ。そして、占いの力を得たのも、有用な力を持つと証明できれば、不当に殺されはしないだろうと思ったからだった。
そして、この百年。魔女の目論見はうまくいっていた。けれど、その力は残りあと一回になっている。そして、その先には不吉の影しかない。
遠ざけたはずの死の恐怖、それが再び襲ってきていた。魔女は震えながら呟いた。
「もし、もしもだよ。もし……もし私が、誰の頼みも聞かなかったら?」
考えた末、魔女はあと一回になった占いの力を解放した。ダイヤの飴玉を舐めると脳裏にビジョンが浮かぶ。それは、慕う人々に囲まれて、年老いた自分がベッドに横たわる光景だった。
「よかった……。私、長生きできるんだ……。本当に良かった……」
もしかしたら、それは人の為に占い続けた魔女に魔王が贈った贈り物だったのかもしれない。
そして、数百年後。魔女はかつて見た光景の中で静かに息を引き取った。満足げな顔をして。
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