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「あと一回で出ると思うんだ」
「それを聞くのが一回目じゃないんだけど」
最初の頃より顔色が悪くなってきた男を前に、俺は天井を見上げた。
それが比喩表現であるのに気づいたのか、ぎゅっと腕を掴まれた。
「やめてくれ! オレは! 天井の前には推しを出すんだ!」
「ちなみに天井まで、後残り何回?」
「253回。約半分」
「……それを、あと一回で出すと?」
「そうだ!」
今回だけで何度目かのあと一回。
長年こいつが苦しんだり楽しんだり祈ったり泣いたり笑ったりしているソーシャルゲームのガチャのことである。
それだけ楽しめていて、本人の生活的にも問題はなく。
仕事にも気持ちが入るなら別に良いんじゃなかろうか。
無駄だと後で思って後悔する人間もいるだろうし、僕もそっち側。
だけど、心底楽しそうに彼はサービス終了までソシャゲを遊び尽くす。
そういうのは見ていて嫌じゃないし、楽しそうに語るのも嫌いじゃない。
が、僕はこの「ぶっちゃけなるべく少ない回数で出て欲しい」という嘆きに付き合わされるのだけはそこまで好きではなかった。
良いから早く天井――キャラクターが確定で出るまで回せ。
そういう感情になってしまうのだ。
だってお前どうせ出るまで回すじゃん、という本音だけは飲みこんでやっている。
というかこの一回、十連ガチャの事で数的には十回だし。
あの手この手で祈りを捧げながら身悶えたり叫んだり。
見ていて飽きないのは否定しないが、少々しつこい上に拘束時間が長い。
いっそ配信でもしてみたらどうか、と提案してみたが。
「アイテムで出た! 一回で出た! 見ながら引いたら出た! とか報告されたらオレの身が持たないんだよォ!」
という配信者らしからぬ解答が帰って来た。
時代がもう少し古ければ「相方がソシャゲのガチャで無茶苦茶になる様子を撮ってみた」で出している。
今も過激な動画はなくはないが、そういう無許可なのはご時世的にはアウトだ。
良かったな、良心的な時代とアップデートが出来る相方で。
正直、どんなリアクションよりも面白いとは思っている。
とにかく拘束時間が長いだけで。
世に出せない狼狽っぷりを正面から受け止める。
今日は撮影日として集まったはずなのに、何故ガチャに付き合わされているのか。
「じゃああと一回。早く回せよ、撮影出来ないだろ」
「ああ、わかってる。だから……回してくれ」
当然のように差し出されたスマホを見て、相方の顔を見て冷たく言い放った。
「いや、自分でやれよ」
「こういう時は無欲が最強なんだよ! それにお前、興味ないだろオレの推し!」
「確かに興味ないけど。足の綺麗な強気年上キャラ……自分よりは年下」
「最後に現実付け足すのやめてくれ! 心に刺さる!」
「はいはい。早く回しなよ、自分で」
「頼むよ、早く撮影するためにも、さぁ!」
物凄い形相で迫ってくるので、しかたなくスマホを受け取る。
「……僕のせいにしない?」
「しない。全然しない。その時はお前という存在を包み込むほどにオレの欲が溢れてたと思うから」
「そんなんだったら誰が回しても出なくない?」
「少しでも欲をやわらげたいんだ……ッ! 頼む!」
言っても聞かないか、と諦めて10連のボタンをタップする。
今回は初めて、けれどもここ数年で何度目かのガチャ演出をぼんやりと眺める。
「来い、来い……ッ!」
こういう感じで、馬券握りしめた親戚居たなぁ。
とかどうでもいいことを考えていると、見たこともない演出が出た。
「ん?」
「あっ、ひぇっ、嘘……!?」
「何この演出」
「ひょ、ひょぉおお!!」
誰が出たかを表す画面には、めちゃくちゃ作画の良い美人がいた。
黒系統の衣装で、頼りになりそうで格好いいお姉さん。
相方が好きなのが見るだけで分かる。
横で小躍りするのを眺めながら、しばらく放置する。
こういう時は宥めるよりも好きにさせた方が収まるのが早い。
しばらくそうしていて、ふーと深く息を吐くのが聞こえた。
「終わった?」
「ああ、満足した」
「このレディで良かったの?」
「そう、この方を、お迎えしたかった……ようこそオレの楽園へ」
つっこむと面倒なのでこれもそのままにしておく。
スマホを差し出せば、ものすごく嬉しそうに口をゆがめて丁寧に引き取られた。
「良かったね」
「ああ……良かった……これでまず一体」
「そう、これで君の戦いは……ん? まず?」
再び穏やかな表情でスマホを僕の前に差し出している。
どことなく嫌な予感がした。
「あと四回お願いします」
「は?」
こいつは完凸――つまり、同じキャラが育つ最大数まで引く気だ。
付き合いきれないと背を向けようとしても、相手のが背も高く、強い。
なんて握力してやがる。
「期間限定なんです」
「ガチャキャラなんてほとんどそうだろ」
「物凄いレアな役職もちで、今までの経験からするとピックアップが二年後とかなんです」
振り返れば深々と頭を下げられて、こちらも深くため息をついた。
「せめて、あと一回! お願いします!」
あまりにも軽々しく、信用ならない一言。
後の予定を考えて、僕は一切の容赦なくガチャを回し続けるのだった。
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