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Prologue
「本当にあと1回だけだよ。今のはズルみたいなものなんだから」
闇の奥からくつくつと嫌らしげな笑い声がする。けれども与一はそのつるりとした頭にひたすら、汗をかくしかできなかった。何故なら与一はちっとも選べなかったからだ。
目の前に広がる闇の底にへばり付くように無数に浮かぶ大小様々な蝋燭の明かり。煌々と照る蝋燭を覗き込めば、それを表象する人間の顔がぼうと浮かび上がる。しかしすでに明かりの消えた蝋燭からは何も感じ取ることはできなかった。
与一の目の前には一本の煌々と輝く蝋燭がある。そして鏡のように与一の姿を映していた。つまりそれが、与一の命の蝋燭だ。そしてその蝋燭の根本には、痛々しい継ぎ目が見えた。
「さぁ、奥方の蝋燭はどれかね? それがわかれば奥方の火を返してやろう」
その愉快げな声は与一を苛立たせるばかりだが、目を皿のように凝らしてもちっともわからなかったのだ。どれが政子の命の火か。
先ほど闇に叫んだ言葉を思い出す。
「この中に政子はいない」
与一は端喰の言葉を思い出す。与一なら政子の蝋燭がわかると言った。わからなかったからこそ、与一はいないと答えたのだ。
「いいや、いる。この中だ」
声に悩みはなかった。
「すると本当に政子の蝋燭はこの中に?」
最早答えはない。改めて皿のように蝋燭の海を見渡す。灯籠まつりのように浮かび上がるたくさんの小さな炎を。
やはり、わからない。蝋燭自体に違いがあるようには思えない。適当に答えてしまおうか。けれど政子が本当に死んでしまう。震える指先を火から火へと移し、その指先は定まらない。
「諦めるかい?」
「いいや! 政子! どこだ!」
そう叫んでも、炎はどれもふわりと揺れるばかり。そして与一は自分が政子のことをろくに知らないことに何度目かの後悔を覚えた。
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