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延岡様の枕元に死神がいたので、中彦さんに布団をひっくり返すよう頼んだ。
持ち直したらしい。よかった。
与一はその意味を理解しかねたが、時折そのような記載がある。
延岡は心の臓の病で瀕死になって運び込まれた患者だ。日記の日付頃に入院し、奇跡的に回復した。そういえばと与一は小さな坪庭を振り返り、細々と掃き清める下男に目を止め、こいつは中彦という名であっただろうかと首をひねる。政子と同じく、下男に気を止めることもなかった。
今日の死神は端喰先生だから、ひっくり返しても枕元に座り直してしまう。
やはり死んでしまった。
「おい、死神とは何のことだ?」
「へい? 死神で? わかりかねます」
そのキョトンとした顔つきからも、嘘をついたり惚けたりする様子はなかった。こんな顔をしていただろうかと思い、常には『おい』とだけ呼んで目もくれていなかったことを思い出す。
「政子に言われて患者の布団をひっくり返したことはあるか」
「ええ。奥様のおまじないは効果覿面ですね」
中彦はイヒヒと笑う。
「呪い……? どういうことだ」
「どうって……頭と足をひっくり返したらすっかり治っちまう」
何。ということは、病人を治していたのも政子だというのか。それでは自分はまるで役立たずではないか。
与一は心中で呟き、混乱しながらも頁をめくる。帳面によれば、予想外の回復をした患者は必ずといっていいほど中彦が布団をひっくり返していた。政子は寝る前に中彦に命じるようで、寝る時はいつも同じ部屋であったからそんな素振りなど全く気が付かなかったのだ。
とうとう4年ほど前の記述にたどり着く。
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