青の輪廻

1/1
前へ
/1ページ
次へ
──すべてが青かった。心も、身体も、熱も、空も。すべてが青かった。雲に翳らされることのない澄み切った青。彼女のことを思い出そうとすると、臓腑の奥から侵されそうな青ばかりが記憶を浸していく。まるで水、まるで海、まるで空。髪の毛の一本すら澱まぬ青から紡ぎ出したような清らかさだった。 今でも倦まず腐らずに居るのならば、彼女はきっと幾人ものひとを青い世界に導いているだろう。それほどまでに彼女の青さは視界を眩ませ、人を惑わし、人を救ってきた。彼女の青さは一過性のものと一笑に付すべきではない。優しさに根付いた救い。青さゆえの強さだった。 「あと一回だけ、やり直してみない?」 「今度は上手に出来るはず」 「君なら出来る、大丈夫」 「それでもダメならもう一回、ここに来たらいいよ」 今でも澱まず腐らずに居るのならば、彼女はきっと幾人ものひとを青い世界に導いているだろう。 俺は生涯、彼女を忘れることはない。 彼女は綺麗だった。あと一回振り向いてくれたなら、今度は間違えずにあの手を掴むことが出来るだろう。 「──おい、今日も見逃したのか」 「『あと一回』が叶えられるうちは叶えたい。それだけのことですよ、願ったところで叶わない人も居る」 「だからお前はいつまでも変われないんだ」 「……」 「上からのお達しを覚えているだろう。俺達は『自分の身代わりを探すまで輪廻の輪には戻れない』。騙すか、拐かすか、誑かすか。お綺麗な外見を取り繕ったところで俺達の本質はそこにある」 「それでも私の考えは変わりません」 「だからお前はいつまでも変われない。ここに囚われていったい何年になるんだ。人の心が朽ちてしまう年月はとうに超えているだろ。そろそろ輪廻の輪に戻って楽になったって──」 「──私は人の輪に戻らなくてもいいんです」 「……?」 「騙すことも、拐かすことも、誑かすこともなく。粛々と生きていくのもいいでしょう。 私にはもう人の心は無い。長い旅路で朽ち果て、おぞましい汚泥として地に残ることもなく残らず消えました。 『また人の世に帰りたい』という欲が無いんです。誰かに会いたい、何かを成したいという欲も無い。人の世に戻ったところで目的が無ければ生きる意味がない。 『あと一回と粘りたいこと』が私には無い。だからこそ人々には後悔のないよう『あと一回』を促すんです。 二度と、私のような人間を生み出さないために」 「……なぁ、お前は」 「……」 「お前は何を心の標にして、日々を過ごしているんだ?」 「私がすべてを投げ出した、 青くて憎らしい、あの空ですよ」 それは虚ろに根付いた救い。持たぬがゆえの強さ。 眼下では澄み切った青が、轟々と燃えていた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加