3/4
前へ
/11ページ
次へ
「始め」 審判の男子部員の合図に従い、私たちは同時に立ち上がった。 竹刀と竹刀の切っ先が、互いに触れ合っては離れる。 ミキハラの背後に有明の月が見えた。もちろんそんなはずがない。錯覚だ。 と思ったら、一瞬のうちに面を打たれてしまっていた。 「面あり」 ミキハラめ――おまえはオンナ宮本武蔵なのか? 二本目。突きを食らってしまった。 突きは知らぬ相手と戦う大会の場でもほぼ禁じ手だ。あまりにも危険だからだ。突きを食らった剣士は、打たれ具合が悪ければ、大怪我をする。悪くすれば死ぬ。同門同士の練習試合で突きを食らうなどあり得ない。暗殺剣が横行した幕末ならいざ知らず、平成令和の今どき死を覚悟して剣道する者など何処にもいない。 仰向けに倒れたきり、暫くの間ぜんぜん呼吸ができなかった。 天井で目映くひかり輝く照明が、目に痛い。目を閉じた。残像が尾を曳いて揺れている。 「ごっめーん。野中さん、大丈夫?」 目を開けてみた。 ミキハラが面に覆われた顔を歪めて笑っていた。 ミキハラが手を差し出した。 「大丈夫……」 私はミキハラの小手を掴んだ。 「……なはずねえだろ! 殺す気か!」 ミキハラを床に転がした。全身のバネをフル動員して、素早く立ち上がった。 仰向けに引っくり返ったミキハラの面を竹刀でぶっ叩いた。 「メンメンメンメンメーン!」 面を五連発。 引っくり返ったミキハラを、打って打って、ひたすら打ちまくった。 もう剣道部には居られないな。そんなふうに思いながら。 倒れたままのミキハラに構うことなく所定の場所で蹲踞して剣を納めた。 「辞めます」 顧問の八木に告げてから、ひとり更衣室へと急いだ。退部を引き留めるような部員はいなかった。顧問教師の八木さえも私を引き留めはしなかった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加