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それはそうと、気になることがあった。
「どうして誰もいないんですか」
「ああ」
サトセンは興味なさそうに返事して、仰向けに寝そべって片足を膝にのせてブラブラさせた。
「商店街から温泉のタダ券もらったらしくてさ、二泊三日の温泉旅行。夫婦揃って今朝出発したばかりだから、まだまだ帰らんね」
「いいですねえ」
「よかねえよ」
不満そうだ。
「先輩も行きたかったですか」
「まさか。温泉なんか興味ねえよ」
サトセンは「よっこらせ」とか言いながら起き上がった。
そして私をじっと見つめている。
「のなか、おまえ泊まっていかん?」
「うーん」
わざとはぐらかすように、私は長く長く唸った。
「うーん。どうしようかなあ」
「いや、別にいい。やっぱり帰れ」
サトセンは顔を真っ赤にして、顔を背けた。それが何だか可愛くて、私はいつの間にか携帯電話を取り出していた。自宅に電話する。
「今日、真由香ん家に泊まっていくから」
すぐに通話を終えて、真由香にメッセージを送信。
真由香は同じクラスの友達だ。高校生になって初めて知り合ったのだけれど、まるで昔からの知り合いだったみたいに意気投合してあっという間に親友になった。真由香は帰宅部だ。
――ごめん、今日は真由香ん家に泊まることにしといて――
真由香からすぐに返信があった。目が星になった顔文字が並んでいた。
――誰? 誰? 誰ん家に泊まんの――
――後で教えるから――
と、はぐらかしておく。
――きっとだよ――
――はいは―い――
必要な連絡を終えて、サトセンを見た。
私に背中を向けたきり、こっちを見ようともしない。そんなサトセンを見ていたら、何だか私も緊張が高まってきた。うーん、心臓が爆発しそう。
サトセンの部屋の窓から、夕焼け空が見えた。意外だった。繁華街の中の民家だから、窓の景色なんてないも同然。そう思っていたのに、サトセンの部屋の窓から、空が見えるのだ。
「たまたまこっちの方角には高い建物がないんだよ」
「ふうん」
サトセンと肩を並べて、夕闇に沈む赤黒い空を見た。
唇に何かが触れた。
サトセンの唇だ、と思った。
私は目を閉じた。そしてサトセンを受け入れた。
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