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「あと一回、あと一回でいいから、またふたりで会ってくれないかな」 剣道部の男子主将ともあろう上級生が、自尊心をかなぐり捨ててまでして懇願している。それでも私の決心は揺るがない。 「のなかの気にさわるようなこと、俺何かしたかな。もしそうなら謝るから」 いいえ、里村先輩。謝らなければならないのは私のほうなのです。でも私が謝ったりなんかしたら、あなたは余計に惨めな思いをするだけだと思う。だから私は謝ったりしない。 サトセンの部屋の窓から有明の月を見てから一週間が過ぎた。 剣道部の女子部員たちが私と口をきかなくなった。サトセンが女子部員たちに何か私の悪口を吹き込んだわけじゃない。サトセンはそんなことはしない。女子部員たちの無知な正義感が、きっと私を村八分にしてしまったのだろう。私はそれでも別にかまわない。堪えられないぐらいの限界に達したら潔く退部するだけだ。部活は他にもあるし、帰宅部となって真由香と遊びまくるのもまたひとつの人生だ。 女子部員たちが遠くから私を見てヒソヒソやっている中、私は知らぬふりして体育館の隅で素振りを繰り返している。 一時期はあんなに未練がましかったサトセンは、まるで何かが吹っ切れたかのように、剣さばきがますます冴え渡ってきている。 「里村、おまえ。ますます絶好調だな。近頃のおまえは大気と一体化している。良いぞ。励め」 顧問の八木がサトセンの肩を力強く叩くのを、視界の端で捉えた。
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