南国署の事件簿

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 個性溢れるドアの開け方で、南国署の常夏班のメンバーは席でビシッと背を伸ばした。  最初に名前を呼ばれる人間が誰なのか、皆が視線をある1人の刑事に向けた。今年春に配属されたばかりのハワツー。彼の苗字は羽が2つついているから気づけば仕事以外でハワツーと呼ばれている羽羽井(はわい)刑事。 「常夏刑事、お疲れ様です」  皆が立ち上がり挨拶するなか、彼にしては珍しく満面の笑みを浮かべて羽羽井刑事の前に立った。 「羽羽井、今度こそ湖々夏也(ここなつや)の取り調べを成功させろ! 」 「ハイッ」  一昨日、椰子乃美(やしのみ)の遺体がアパートで見つかった。椰子の行きつけのカフェの店員で、同棲までしていた湖々。でも否認している。敏腕刑事と名高い常夏刑事が口を割ろうと手を尽くしたのだが。  駆け足で取調室へと向かった羽羽井刑事。そのあとから常夏刑事が来て隣の部屋へ。 「常夏刑事に口を割らなかったのに羽羽井に口を割りますか? 」  島野刑事と隣の取調室を見ている常夏刑事は言う。 「割りますよ絶対に。羽羽井の話術は私が太鼓判を押します」  配属半年。でも羽羽井刑事には実力がある。さぁ実力の見せ所だぞ、と常夏同棲の魅力は何でしょう? 」  いきなりの発言に、湖々の顔には「ハァ? 」という文字が浮かびそうな表情をしているのではないか。 「何それ、同棲の魅力? そんなん刑事さんが知りたいのかよ。そうだなあ、愛している人の寝顔を見られる事かな」  羽羽井刑事はニコニコとしているが島野刑事は渋い顔をしている。常夏刑事は笑顔で羽羽井刑事を応援する。 「でも最近、の様子がおかしくてさ。本人は普通っていうけど俺は気づいた。何かあるって」  キラッと羽羽井刑事の瞳が輝いた事を常夏刑事は気づいた。 「それはいつ頃? 男の勘かな」  湖々が天井を見上げる。何か考える仕草だろうか。腕を見ながらじっと見つめる。 「乃美が、乃美がサプリメントを飲み始めてからだ」  サプリメント? そんな情報は入ってきていない。常夏刑事は島野刑事に一礼して部屋を飛び出した。  班員に指示を出し大至急で調査指示を出した。サプリメントは良品か、それとも麻薬系なのか。  サプリメントの会社に問い合わす。しかし警察の捜査に協力的ではなかった。交渉ののち協力を申し出て2日後に購入者名簿を提出してくれた。  翌日の夕方。何と取調室の常夏刑事と机をはさんで座っていたのは・・・・・・羽羽井刑事だった。互いの目には涙が浮かんでいる。 「何でだ! 何でお前が・・・・・・」  つい数秒前に常夏刑事に胸ぐらを掴まれた時に取れたボタンを床から拾い上げた羽羽井刑事。    半年前に事件で関係者の聞き込みを行った際に椰子に出遭ってしまった羽羽井刑事。椰子とは小学・中学と同じ教室で過ごした仲だった。 「へぇ、アンタが刑事」  羽羽井刑事は常夏刑事に言った。 「青の頃の椰子はとても明るい子でした。おとなしい僕にも声をかけてくれて。でも聞き込みの時の椰子の暗さとゾッとするくらいの冷たい瞳が何とも言えなくて」  力になりたい、悩みがあったら話してほしいと伝えるも、馬鹿にしないで、上から目線で物を言わないで、と言われた。でも後日連絡をもらえた。 「昔に戻ってほしくて。実は何回かアパートへ行きました」  そのうちもう逢いたくないと言われて。捜査のために来ているんだろ、とも言われて。次に会ったらもう二度と会わないと決めていた。 「刑事なんて似合わない。私を疑っているんでしょ」  こう会うたびに言われ腹が立って。知り合った湖々から椰子がサプリメントを常飲していると聞いて利用しようと思ったという。  羽羽井刑事と湖々が知り合いだったのか。なのに私はよりにもよって湖々の取り調べをさせてしまった。  常夏刑事はそんな自分に腹が立ち、机の下の太腿を叩き続けた。  羽羽井刑事と湖々は何処で出会ったのか。 「たまに行くバーのマスターの紹介で知り合って。真逆の奴と知り合ってみたらって言われました」  それが湖々だった。確かに真逆。その湖々に椰子との事を話した。湖々はその後、椰子と同棲を始める。  その理由を湖々は学歴も容姿も羽羽井刑事に負けているから、何とか同棲までして優位に立ちたかったと話したと、鳥野刑事から聞かされた。そして・・・。 「憎かったんです。乃美は自慢げに羽羽井の事を話して。刑事なんか似合わないとか言っちゃってるけど尊敬しているのって言われて。絶対に勝ってやる」  こうも話したらしい。 「私より優位に立ちたいだけで同棲までしますか」  常夏刑事は興奮して立ち上がった羽羽井刑事の両肩を押さえて座らせた。 「互いに愛情が少しはあったんだろ。忘れたか、取調室でお前が同棲の魅力はって訊ねたろ」  コクンと頷いた羽羽井刑事に常夏刑事は言った。 「寝顔を見られるって言ったよな。あれは湖々の本心だと思う」  ずっと普通のサプリメントを手渡していた。刑事は似合わない、私を疑ってる、上から目線で話さないでと言われ続け、とうとう命を落とす危険の高いサプリメントを渡した羽羽井刑事。 「もう昔の彼女には戻らないと思いました。刑事が似合ってるって言ってほしかった。たった一度でも」 「そうか、そうだったのか。彼女からは聞けなかったのだな」  机に顔をつけたまま嗚咽を漏らし続けている羽羽井刑事。 「湖々は私の存在が疎ましかったのでしょうか」  問われた常夏刑事は右手を羽羽井刑事の頭にのせた。 「湖々は独占欲が強い男だ。上手くいかないなあ世の中は」  常夏刑事は訊ねた。 「椰子さんといて楽しい事もあったんだろ」  頷き椰子の手料理を食べた事、思い出を語り合った事などを常夏刑事に話した。 「自分はエゴいです。人は変わる事もある。彼女を救うどころか目の前で苦しむ椰子をそのままに逃げた私は最低です。最低な男です」  項垂れる羽羽井刑事に常夏刑事に訊いた。 「何で刑事になりたいと思った? 」  その言葉は降っている雨粒に包まれるような優しい訊ね方だった。 「小学校の時に刑事ドラマが流行っていて、教室何人かと真似をしていました。上手だねって真っ先に椰子が褒めてくれたの忘れられずにいたので」  常夏刑事は幾度となく頷き、もう羽羽井刑事と呼べず、仕事が出来なくなってしまう事実に胸が張り裂けそうだった。 「申し訳ございませんでした。常夏班でもっと仕事したかったのに」  面会に行き90度に身体を曲げて言った羽羽井刑事に常夏刑事は言う。 「いつでも席を空けて待ってるぞ。後任の阿呂波(あろは)の育成を手伝ってくれ」  常夏刑事は椰子が自らの意志で飲み、羽羽井刑事は椰子の救護を怠ったのではないかと考え始めた。 「阿呂波刑事、大至急、常夏班の捜査会議を行う」  部屋に戻って皆の顔を見る。 「あと一回と言わずに、事件について考えてみよう」 「ハイッ」  返事の声に羽羽井刑事の声が聞こえた気がした常夏刑事だった。              (了)  
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