山の幻

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 蛍(ほたる)は鹿児島市に住む大学生。長い夏休みを利用して、開聞岳に登りにきた。開聞岳は薩摩富士と言われる山で、毎年多くの登山客が訪れるという。蛍は以前からそこに登りたいと思っていた。そこから見る絶景を見たいと思ったからだ。 「これが開聞岳か」  蛍はふもとの駐車場にやってきた。駐車場にはそこそこ車が停まっている。すでに登山している人がいるようだ。 「いつ見ても素晴らしいなー」  蛍は開聞岳を見てほれぼれしていた。薩摩富士と言われる美しさは本物だ。やはり開聞岳は素晴らしいな。 「さて、登るか」  蛍は山を登り始めた。すでに何人かの登山客の姿もあり、彼らは山登りを楽しんでいるようだ。きっといい景色が待っているに違いない。蛍は期待していた。  登っていくうちに、疲れてきた。だが、登らないと。その先にはきっと絶景が待っているはずだ。 「はぁ・・・、はぁ・・・」  蛍は息を切らしていた。だが、登らないと。登ったからには、頂上に行かないと意味がないと思っている。  登り始めて何分が経っただろう。ようやく山頂に着いた。山頂からは、鹿児島の街並みが一望できるだけではなく、桜島、そして沖縄の海に続く太平洋が見える。とても素晴らしい景色だ。 「やっと着いた!」  蛍はその景色を見て、しばらく見とれた。本当にいい景色だな。だから登山は素晴らしい。この絶景のために山を登っているのだ。 「いい眺めだなー」  蛍はその先の海をよく見た。よく見ると、そこを行く船も見える。その船は、どこへ行くのだろう。鹿児島の離島だろうか? それとも、沖縄の島だろうか? 「あの先には沖縄があるんだなー」  蛍は思った。あまり見えないけれど、その先には沖縄がある。蛍は沖縄に行った事がない。いつか行ってみたいと思っている。だが、その機会に恵まれない。大学の卒業旅行に、沖縄はどうだろう。きっといい思い出になりそうだな。  その時、薩摩半島の内陸の方から、大きな轟音が聞こえてきた。 「ん?」  蛍は振り向いた。すると、飛行機が迫ってくる。飛行機は何機もあって、まるで渡り鳥のような陣形で飛んでいる。そしてその飛行機は、沖縄の海に向かっていった。 「飛行機?」  蛍はふと思った。その飛行機は何だろう。どうして沖縄の海に向かっているんだろう。 「なんだろうあの飛行機は・・・」 「あんた、飛行機が見えるのか?」  突然、誰かが蛍に声をかけた。蛍は横を向いた。そこには1人の老人がいる。老人も登山をしに来たようだ。見るからに、70代と思われる。 「は・・・、はい・・・」  蛍は戸惑っている。その人が怖いからではない。話しかけられると思っていなかったからだ。 「あれは、特攻隊の幻だろう」  蛍は特攻隊の事を知っていた。太平洋戦争末期、大型爆弾と片道分の燃料を積んで、敵艦に死ぬ覚悟で体当たりをした部隊の事だ。学校で、特に夏休みの登校日でその話を聞いた。それに、図書館でもその話を聞いた事がある。 「特攻隊、聞いたことあります! 確か、死ぬ覚悟で戦艦に体当たりする部隊ですよね!」 「そうじゃ。でも、この薩摩半島の知覧に多くいたって事、知ってるか?」  蛍は知覧の事はよく知っていた。武家屋敷があり、薩摩の小京都と言われている所だが、ここに多くの特攻隊員がいたとは。蛍は驚いた。 「いいえ」 「知覧には特攻平和会館がある。行ってみるべきだぞ」 「そう、かな?」  蛍は特攻平和会館の事を全く知らなかった。知覧にこんな施設があるとは。行ってみるべきだな。また後日、行ってみるとするか。  翌日、蛍は特攻平和会館にやってきた。夏休みという事で、多くの人が来ている。年配が多いが、その中には家族連れもいる。こんなに多くの人が来ているとは。こんな人気スポットがあったとは、知らなかったな。 「ここが、そうか・・・」  蛍は入り口に前にやってきた。そこには飛行機がある。その飛行機は、昨日開聞岳で見た飛行機と同じ飛行機だ。やはりあれは特攻機の幻だったんだな。 「これが、飛行機・・・。あの幻のと一緒だ!」  蛍は館内に入った。館内には多くの人がいて、展示物を見ている。みんな、展示物を真剣に見ている。彼らは、どんな思いでそれらを見ているんだろう。そして、それを見て、何を思うんだろう。  蛍は特攻で戦死した人々の顔写真が展示されているエリアに入った。そこには、多くの人の顔写真がある。年齢を見ると、自分ぐらいの若者だ。そんな若者が、国のために死ぬ覚悟で飛びだったと考えると、無念でしょうがない。自分がそうなら、断っているだろうけど、政府の命令だから、どうしようもない。こんな時代に生まれたくなかったな。彼らは、もっと生きたかっただろうに。戦後の平和な日本を見たかっただろうに。 「こんなに多くの人が出撃したんだな・・・」  蛍は彼らを見ていた。それでも日本は戦争に負けてしまった。それを考えると、本当に特攻は正しい判断だったんだろうかと思う。 「どうしてこんな若者が、命を絶たなければならなかったんだろう」  蛍は考えた。今は平和な日々が続いている。だけど、それが奇跡だと思わないと。そして、こんな悲劇が二度と起こらないようにしなければならない。もう戦争なんてこりごりだ。 「今、平和である事が、戦争がないことがどれだけ平和なのか、考えないと」 「なんだ、あんた、来てたのか?」  蛍は横を向いた。そこにはあの時の老人がいた。まさか、老人もここに来たとは。特攻隊に何らかの関係があるんだろうか? 「えっ、あの時の」 「ああ、そうだ。よくここに来てる。なぜならば、俺の叔父がそうだったから」  まさか、この人の叔父が特攻隊だったとは。だからここによく来ているのか。 「そうなんだ・・・」 「今、この時代が平和である事を、そして命が尊いものだという事を、大切にしろよ」 「はい・・・」  今、平和であるのは大切な事だ。だが、今日もどこかで戦争が起こっているのも事実だ。どうして戦争が起こるのだろう。もう戦争は起こしてはならない。蛍の願いはかなうんだろうか?
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