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男は舌打ちして一瞬で姿を消した。助かった……オレはへたりと座り込んだ。腰が抜けたらしい。いつの間にか途切れていた喧騒が戻って来た。訝しる周囲の視線に悪魔のような奴に遭ったんだと言いたかった。すっと細い手が差し出される。
「立てますか」
「あ、ああ、すいません。ありがとうございました」
少し冷たい手を掴んで立ち上がる刹那、冷たい目に気付いてひやりとする。
「アレは時々現れます。私は言葉の悪魔と呼んでいます……存在を容認する気はありませんが、あなたも無責任な言葉は使わない方が良いと思います」
底冷えする真っ当な言葉だった。今までの自分の甘さやら、言葉を軽んじていたと思い当たることやらが一気に思い浮かび羞恥に泣きそうになる。
「肝に、銘じます……ご迷惑をおかけしました」
ふっと彼女が笑った。冷たい目が春のようにほころんで印象ががらりと変わる。綺麗だ。もう1回、出会いをやり直せたなら。反省した端からそんなことを考えてしまった。同時に彼女いわく言葉の悪魔に遭ったから接点ができたのもわかっている。そんな葛藤が顔に出ていたのか彼女、名札に左仲とある、が少し意地悪そうな顔をして首を傾げた。
「もう1回、ですか?」
「いえ。出直します!」
出会いをやり直したくたって、1度失敗した事実は消えない。だったら、塗り替えられるくらい成長してアピールするしかない。なんでも「あと1回」と自分が満たされようと頑張るのは、なんて無様な行動だったか。一目惚れはすごい力がある。格好良く在りたい。ゲーセンでどんなアピールができるかわからないけれど。
「またのお越しをお待ちしています」
「はい、また来ます!」
店員として頭を下げる彼女にオレは決意を籠めて返事をして踵を返した。妙に熱意を感じる背中を見送りながら左仲は小さく笑う。
「ヘンな人」
でも、きっと言葉に悪魔に捉まることはもうないだろう。仕事に戻る左仲の背に一瞬光がきらめいた。それは天使の羽のようだった。
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