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戸惑う彼女の手を取り、半ば強引に彼女を連れ去った。
待たせていた車の後部座席に彼女を座らせ、車が動き出すや否や、何故、自分が花村環奈だと分かったのかと質問された。
『ずっと君しか見ていなかったから』喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。
「お見合い相手の方のことはリサーチ済みですので」
気持ちを抑え、何とか平静に対処する。
すると、彼女の口から厳しい現実を突きつけられた。
「申し訳ありません。私は貴方のことを何も存じ上げません。教えていただけると有り難いのですが……」
「何も知らない、か……」
「えっ? どこかでお会いしましたか?」
「完全に忘れられているようだ」
突きつけられた現実に、思わずポロリとこぼしてしまった。
記憶を辿っているのか、彼女の視線が斜め上を向いている。どうやら思い出せないでいるようだ。
しかも謝られた。
もしかしたらと覚悟はしていたが、やはり堪えるな……
ダメだ。落ち込んでる場合じゃないぞ俺。
これはチャンスかもしれないじゃないか。本当の俺を知ってもらえるチャンスだ。
俺は気持ちを切り替え、これからのサプライズに全てを委ねることにした。
競技場に移動し、特別席に案内した時の無邪気な子どものような表情にドキッとする。
こんな表情もするんだな……
彼女の一つ一つの表情を、寸分たりとも見逃したくはない。
競技場を出て、予約していたレストランで、環奈の大好物だというローストビーフとジェラートを堪能した。
シェフのパフォーマンスに驚く表情も、上品に口に運ぶ仕草も、美味しいと微笑む表情も、彼女の全てを見逃さないよう、俺は目に焼き付けた。
急に表情が曇り、幸せすぎて不安だと聞かされた時には、舞い上がりそうになり、思わずプロポーズめいたことを口走ってしまった。
困惑する彼女の表情に、勇足を踏んでしまったと少々後悔した。
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