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旅をする山
背板を負った男が坂道を登っていた。近隣の山で働く樵だ。近くの村で薪を売った、その帰りである。
山と村の往復は、悪路であることもあって中々に重労働だ。だが、男はこの仕事が嫌いではない。
坂を登りきった先から見える、水の張った田んぼと、深い緑の山が2つ。男はこの景色が好きだった。
さて、坂道を登りきった男は振り返って、顎髭の残る顎を撫でながら怪訝そうな声を出した。
「……あんな所に山なんてあったかね」
澄みきった田んぼの向こうに見えるのは濃い緑の山だ。2つ並んだその間に、見覚えのない小さな山がもう1つ。
「増えたのかい? 山が」
いつの間に居たのだろう。道の端に虚無僧が座っていた。深編笠ですっぽりと顔を隠した、真っ黒な僧衣を纏った僧だ。三味線を背負い、錫杖の代わりに赤子を抱いていた。
「そうか」
男の返答を待たずに頷くと、足音ひとつ立てずに歩きだす。
「妙な坊さんだなあ」
ふらふらと揺れる黒い背中を見送りながら呟いた男は、己の仕事に戻っていった。
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