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「あの、あなたは……」
「私は天城。旅の僧だよ。不思議なことが起きるとそこへ行って原因を調べる。可能なら解決する。拝み屋みたいなことをしているんだ。……今回は不思議な山の噂を聞いてね」
「お、俺は時千代といいます。えっと、天城さんはこの山がどういうところか知っておられるんですか?」
「いいや、まったく」
「……この山に入ると、必ず1人つれて行かれるんです」
小脇で揺られながら神妙な声で告げる子どもの声を、天城は「へえ」と笑いを含んだ声で受け流した。
「冗談じゃないんだけどな……」
不服そうに溢した時千代に返ってくる言葉はなかった。
しばらく歩いていると、少し開けた場所に出た。
柔らかい草が敷き詰めてある広場は、たしかに意図的に作られた場所に見える。ここが猩々たちの家なのかもしれない。時千代は苔むした切り株の上に座らされた。
案内をしていた猩々が「キーッ」と鳴いた。それを合図に木陰から猩々たちがわらわらと湧くように出てくる。あっという間に囲まれてしまった。
「あ、あわわ……」
「大きな声を出してはいけないよ。彼らは子どもが珍しいだけだ。こちらが何もしなければ、何もしないよ」
大人と同じくらいに大きい白い猿に取り囲まれて、時千代は身を固くする。猩々たちは時千代の頬をつついたり、肩や腰を触ったり、頭を撫でたりした。大きな手にもちゃもちゃと弄られて、正直なところ恐ろしかった。だが、天城の忠告どおりおとなしくしていると、不意に猩々の1人が左足を捕まえた。
「いたっ!」
怪我をしたところを触られて思わず声が出る。猩々たちは驚いたように身体を跳ねさせ、顔を見合わせると、どこかへ駆け出していった。
――なにか、不味いことをしただろうか。
不安に思って天城を見るが、彼は抱いた赤子に山葡萄を与えていた。目が見えないからだろうか。赤子の顔も彼の首もとも葡萄の汁で汚れている。助けは期待出来そうになかった。
猩々たちはすぐに戻ってきた。大きな葉の上に、緑色のどろどろしたものをのせている。
「ええ、なにそれ」
困惑する時千代をよそに、猩々の1人が時千代の左足を優しく掬い上げ、そのどろどろを足首に塗りたくった。
「あ、ひんやりする」
熱を持っていた患部が冷やされて気持ちがいい。心なしか痛みも引いていくような気がした。
「猩々の秘薬か。それは良く効く。捻挫なら半日程度で治るだろう」
葡萄の汁で襟を汚した虚無僧が横から解説する。
「この山に、こんな生き物がいたなんて知らなかった」
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