旅をする山

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「基本的に臆病な生き物だからね。集団で行動する大人の前にはまず現れないよ」 「だからか」  お山様に子どもが入ることはまずない。時千代のように生活が苦しくない限りは、入ろうとも思わないだろう。 「言葉は通じないが、今見たように賢いんだ。礼節をもって穏やかに接すれば、相応のものを返してくれる」  たしかに、彼らは時千代の痛がる様子と腫れた足首を見て何が必要なのか察してくれた。時千代は目の前の猩々に「ありがとう」と頭を下げる。猩々は嬉しそうに「ヒョヒョヒョ」と変な声で笑った。 「お山様の神隠しは貴方たちが起こしているのかと誤解していた。石を投げたりしてすまなかった」  ここまで案内してきた猩々にも頭を下げる。猩々は「ヒョー」とひと鳴きすると、時千代を抱えて肩に乗せた。  はしゃぐ猩々たちと少年を横目に「それは当たらずとも遠からずって感じだけどね」と天城がぼやいたが、幸いにも彼らには聞こえていないようだった。 「そういえば、時千代くんは何で山に来たんだい?」 「あっ、そうだった!」  猩々たちに代わる代わる肩車をされてはしゃいでいた時千代声は、天城の声で我に返った。 「食べるものを探しに来たんだ。麓の村に、病気のおっかあを待たせてる。早く帰らないと心配する」 「なるほど、それは早く帰ってあげないとね」  頷いた天城は近くにいた猩々たちに「聞いたね?」と話を振った。猩々たちはひそひそと何かを話し合う素振りを見せたが、1人が「ホホーウ」と鳴くと、その1人を残して一斉にどこかへ走り出した。  残った1人は時千代を肩車すると、どこかへと歩きだす。不安になって天城の方を見ると、彼もついて来てくれた。  猩々は時千代を手伝ってくれるつもりのようだった。  木々を登ってアケビを採り、木の根の間に生えたキノコを採り、川を渡るついでに魚を採った。足を怪我した時千代を抱えて歩き回る猩々は、終始楽しそうに鼻歌を歌っている。 「すごく機嫌がいいんだね」 「彼女は少し前に子どもを亡くしているらしい。子どもの世話をするのが楽しいんだろう」 「……そっか」    気がつけば背負った籠はいっぱいになり、見知った山道にたどり着いていた。猩々が時千代を下ろすと、ほとんど痛みもないことに気がつく。彼らの秘薬が効いたのだ。   「ホホーウ」  猩々がひと鳴きすると、先ほど散っていった猩々たちが戻ってきた。大きな葉にくるまれた山の幸を、我先に時千代に渡していく。 「こ、こんなに持てないよ……」  困り果てた様子の時千代を見て、猩々たちは「ヒョヒョヒョ」とまた妙な笑い声をあげた。 「さ、ここをまっすぐ降りれば村に帰れる。村の大人に会ったら『山で会った虚無僧が戻ってこない。誰か見てないか』と聞きなさい」 「それってどういう……?」  尋ねかけた時千代の足を、何者かが掴んだ。
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