6人が本棚に入れています
本棚に追加
「無償の恩恵とは恐ろしいものだ。かくもおぞましい異形相手ならなおのこと。過ぎた恩恵は贄あってこそ……思い込みは、人の目を曇らせる」
ドスン、ドスン、と揺れる地面を感じながら、木の幹に背を預けた天城は正面に伸びる巨大なものに話しかけた。
「貴方もそう思うだろう……山亀殿」
それは亀の頭だった。先ほどまで山であったものは本当は山ではなく、巨大な亀の甲羅だったのだ。
山亀緑仙。
旅をする山とも言われる生き物だ。立っている間は姿が見えず、座っている間は山のフリをしている。山間に見慣れぬ山がある時は、山亀が休憩しているのだという。
「最初の1、2回くらいは本当に誰かいなくなったんだろうね。事故にあったか、猩々に殺されたかは知らないけど」
「ヒョヒョヒョ」
また猩々が奇妙な笑い声をあげた。木苺を手渡してくるので、ありがたく受け取って口に運ぶ。すぐ側では連れの赤子が、猩々に高い高いをされていた。泣きもしなければ笑いもしない。猩々だけが楽しそうである。
「一度、二度と続いたことが無くなると、勝手に不安になるものだ」
そして、村人に故意に山に置き去りにされたものの怨念が集まって、あの無数の手になった。
「まったく、巨大な亀の妖怪が出るって聞いたから来てみれば……こんなに大きいと流石に手が出せない」
木苺をかじりながら「次の村まで頼むよ」と笑いかけた。
聞こえているのかいないのか、こちらの事など目に入らないといった様子でゆったりと歩み続けた。
最初のコメントを投稿しよう!