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 職員室に行くと、先ほどの女教師が「こっちへ来なさい」と、二人を呼んだ。 「私は、教頭の百々目(どどめ)です」  この人、教頭先生だったんだとヨシタカと瑞波は驚いた。  百々目だと、母音は「お、お、え」になるから違うだろうが、6年前にこの学校に勤めていたから、何か知っているかもしれない。 「あなたたち、生徒の関係者だからと言っても、校内をフラフラ歩いてはいけません。校内を歩くときに決められたルートを外れてはなりません」  案の定、生徒のような説教を食らう。 (決められたルートを外れて歩いてはいけないなんて、なんて堅苦しいんだ。これがこの学校の体質ということか)  そんなルールを聞いたことがない。ヨシタカは、とても呆れた。  瑞波は、環奈のことで学校に対する不信感もあり、強気に言い返した。 「保護者が校内を勝手に歩き回ると、何か都合の悪い事でもあるんですか?」 「はあ?」 「外部の人間に隠したいことでもあるんですか? 嗅ぎ回られたくないと思うんですか?」  ヨシタカは、そんなに言い返して大丈夫かと心配した。 「あ、あのねえ……、そう言う事じゃなくて……」 「そういう堅苦しくて閉鎖的なところがあるから、うちの環奈は登校できなくなったんじゃないですか?」 「ちょっと、それとこれとは話が全然違うでしょ」 「いいえ。同じです。もっと開かれた学校を目指すべきです。保護者が自由に出入りする学校は、生徒たち全般に保護者の目が行き届きます。問題があれば学校と協力するし、生徒たちも保護者の前では自粛するでしょう。学校にとっていいことだと思いませんか?」 「それは屁理屈ね。それに、まるでこの学校に良からぬことが起きているみたいな言い方じゃない」 「良からぬことなら、すでに起きているじゃないですか! 私の妹は不登校。それに、温乃妃子さんという生徒が自殺していますよね。先ほどの場所で!」 「だったら何⁉」 「だったら何って……。何も思わないんですか?」 「あなたたちに言う事じゃないから」  教頭に悲しみの感情が見えない。  二人がヒートアップしていく。数名の教員がいたが、誰も止めに入らないで静観している。 (大丈夫?)  ヨシタカは、まさか瑞波がここまで教頭に食って掛かるとは思っていなかったから気が気じゃない。  でもこれは全て妹環奈のためなんだろう。  瑞波は、環奈のことを思っているからこそ、理不尽に押さえつけようとする体制に立ち向かっているのだ。  そこに校長がやってきて、騒ぎに気付いた。 「教頭先生、何かありましたか?」 「校長先生、この子たちがとても非常識なので注意をしていました」  教頭は、瑞波とヨシタカが失礼な振る舞いをしたと説明した。 「変ですねえ。私と話した時は、そのようなことはありませんでしたよ」 「校長先生は、私がウソを吐いているとでもおっしゃるんですか?」 「いえいえ、そうではありません。分かりました。この問題は私が預かりますから、教頭先生は公務に戻ってください」 「……よろしくお願いします」  校長がその場を収める。  教頭は、憤懣やるかたない表情だったが、校長に言われて渋々と引き下がった。その後ろ頭には、相変わらず黒い霧を纏っている。  校長は、瑞波とヨシタカに、「校長室で話を聞きましょう」と、二人を連れて校長室に入った。  中に入ると、瑞波が深々と頭を下げて「申し訳ありませんでした!」と、開口一番謝罪した。ヨシタカも、それを見て急いで頭を下げた。 「急にどうしました?」 「教頭先生に失礼なことを言ったのは事実です。行き過ぎたことをしました」 「大丈夫ですよ。頭を上げてください」  二人が頭を上げると、「安心してください。学校として、問題にすることはありません」 「校長先生……」  ヨシタカは、なんて理解のある素晴らしい先生だろうと敬服した。  三人は、改めて話すことにした。 「教頭先生は6年前にもいたと言っていましたよね」 「そうです」 「当時の話を聞くことは出来ますか?」  気分を害していて難しそうだが、校長から言って貰えばいけるんじゃないかと淡い期待を抱いた。しかし、「今は難しいですね」と、残念な答えが返ってきて泡と消える。 「教頭先生には、当時、私からも何度か事情を聞いています。核心に触れる話はありませんでした。職員室にいたところ、黒い煙に気付いたので消火器を持って駆け付けた。それだけで、それ以上はありません」 「そうでしたか……」  当時教育委員会の職員だった校長が聞いてその内容なら、ヨシタカたちが聞いても同じ結果だろう。 「教頭先生は、普段からその生徒と接する機会がほとんどなかったので、問題があるとは思っていなかったとも言っていましたね」 「つまり、動機について何も知らないということですね」 「そうなりますね」  もう少し情報が欲しい。 「そう言えばもう一人、6年前から勤めている先生がいましたよね。ええと、お名前は何でしたっけ?」 「萬豆先生ですか?」 「ああ、そうです」  萬豆先生。まんずせんせい。あ、ん、う、え、ん、え、い。 (あ!)(あ!)  ヨシタカと瑞波は、同時に顔を見合わせた。
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