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 白部(しらべ)環奈(かんな)は、初めての教室で、初めて会うクラスメイトたちの前に立っていた。 「白部環奈です。XX県から来ました」  学期途中の編入生がよほど珍しいようで、注目を浴びてはいるのだが、誰も声をださなくて怖いぐらいシーンとしている。 「あそこの空いている席に座りなさい」  担任から、一番後ろの席を指示された。  環奈は、頷くと、一番後ろまで行き、空いていた席に座る。すると、皆の表情が強張り、教室内の空気が一瞬で凍り付く。 「ヤバ……」 「座っちゃったよ……」 「『あの子の席』なのに……」 「ヤバいね……」  先ほどまでの静寂がウソのように、あちこちでヒソヒソ話が始まった。 (え? 何なの? 私、変なことをした?)  環奈は、自分が何か変なことをしたのは分かったが、誰も教えてくれないので戸惑いながらも座り続けた。  すると、耳元でうめき声がした。 『ア……ウ……、ウウ……』 「え?」  後ろに人がいたのかと思って振り向いたが、一番後ろの席だったので誰もいない。 (聞き間違い?)  前に向き直すと、ほとんどの生徒が怯えたような表情でこちらに注目している。 (一体何なの?)  自分が何か失敗したのなら、せめて理由を教えて欲しいものだ。 『ア……ウ……、ウウ……』  また声が耳元で聴こえた。  急いで振り向いたが、やはり誰もいない。 (どうなっているの? どうして声が聴こえるの? 何かのトリック?)  イタズラにしては手が込んでいる。  担任がようやく席が違うことに気付いた。 「そこじゃない。隣の席だぞ」 「あ、すみません」  これが原因かと、隣の席に慌てて移った。  空席が2つ並んでいて、どちらでも良さそうなものだがダメだったらしい。 (どうしてダメなんだろう?)  理由を知りたかったが、誰とも話せないまま授業が始まり聞くこともできない。  その後は授業を続けて、お昼休みになった。  誰も話しかけてこなくて、一人ぼっちでお弁当を食べる。  皆、遠巻きに環奈を見ていてヒソヒソと話している。 (ここでも苛めに遭うのか……)  絶望しか感じなかった。  環奈が前の高校を辞めた理由は、苛めのせいだった。  毎日苛められて登校拒否となり、もう無理だと心が折れて中退してしまった。  新しい環境でやり直そうと、先に大学進学で上京していた姉を頼って家を出た。  都立高校の編入試験を受けて無事に合格。二年に編入することとなった。  心機一転、今度こそ高校生活を楽しめると楽しみにしていたのに、また同じことになりそうで暗澹たる気持ちになる。 (でも、どうして? どうして、私ばかりこんな目に遭うの?)  初めて会った人たちに苛められる心当たりがない。  環奈は、涙をこぼしながらお弁当を口に運んだ。おかずがしょっぱくなった。 『ア……ア……』  耳元で声がした。  誰かが声を掛けてくれたんだと、喜んで振り向いたが誰もいない。 (違った! 空耳?)  ぬか喜びにガッカリして、落差に落ち込んだ。そんな環奈を見たクラスメイトたちは、またヒソヒソ話がはずんでいる。まるで、環奈という異質な存在に敵対するため団結しているようだ。  誰とも話さないまま下校してアパートに帰宅する。姉の瑞波が出迎えてくれた。 「どうだった? お友達出来た?」 (今日初めて声を掛けてくれたのが実の姉とは)  却って悲しくなった。  今日のことを言おうかと思ったが、これ以上心配を掛けたくない。  無理やり笑顔をつくり、「お友達、出来たよ」と、明るく言った。  姉に涙を見られないよう、一人で部屋にこもっていると、また背中越しに『ネエ……』と、今度はハッキリと聴こえた。  姉だろうと、バッと勢いよく振り向いた。すると、黒い影が一瞬見えてすぐに消えた。周辺を見回すが、姉はいない。 「今、誰かいたような気がしたけど、気のせい?」  すると、耳元で『ワタシトカワッテ……』と、いよいよ言葉としてハッキリ聴こえてきたので、「ワ!」と、恐怖に身をすくめた。 「何? 何?」  今日一日、誰もいないのに耳元で声がしていてゾッとする。  地の底からはいずり出てくるような声が耳から離れない。  それからは、寝ても覚めても誰かに付きまとわれている気がして、授業に身が入らない。  常に後ろに人の気配がして、声が聴こえてくる。 『ワタシトカワッテ……』と、ずっと言ってくる。  とうとうノイローゼとなって学校にいけなくなった。  家にいても耳元で声がする。  少しずつ食欲を失くし、体力が落ちてきて熱が出るようになり、家で倒れて入院した。  病院でも病の原因がまったく分からず、対処療法しかできなかった。
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