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街が宵闇に包まれて、オフィスビルから人影が消える頃、新宿二丁目はどこからか集まってきた人々で逆に活気づく。
バー・七ツ矢にも明りが灯り、バーテンダーとして働く大学生の木佛ヨシタカは、急いで開店準備を終えると今宵の客を待った。
シャランとドアベルが上品に鳴り、若い女性が入ってきたので一瞥する。
決して値踏みしているわけではないが、七ツ矢に相応しくない方にはお引き取り願っているから仕方がない。
女性客は初めて見る顔。
夜の令嬢とは違う、プチプラのワンピースにヒールがぺったんこのパンプス。コーディネートでなんとか合格点である。
その人は、入り口で尻込みしていてなかなか入ってこない。
ヨシタカは、安心させようと落ち着いた優しい声で案内した。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
「あ、あの、そうです……」
消え入りそうな声。緊張していて初々しい。
「カウンターにどうぞ」
女性客が腰かけるところを見計らい、おしぼりとドリンクメニューを差し出す。
「何にいたしますか?」
「え、えっとー……」
女性客は、オーダーを決めかねている。
「こちらからお選びいただいても結構ですし、お好みの味をおっしゃっていただければ、オリジナルカクテルをおつくり致します」
女性客は、とても驚いた。
「随分と手慣れているんですね」
「はい?」
「オリジナルカクテルを任されているなんて、驚きです。大学で見かける姿からは、想像ももつかない」
ヨシタカは、ハッとした。
「大学って、もしかして……」
「はい。同じ経済学部生ですけど、私を見た事ありませんか?」
ヨシタカは、改めてマジマジと見た。
その時、彼女の服がワンピースからTシャツとジーンズに変化して視えた。
愛用している服の念がヨシタカに見せてきている。
さらに、教室で講義を聞いている姿や、学食で友人たちと談笑している姿まで浮かんできた。
確かに見覚えがある。
大学と違って、化粧が濃い目でヘアもきちんと巻かれている。まるで別人ですぐには分からなかった。
「私のこと、知らないですか?」
「あ、いえ、同じ大学で一緒の講義に出ていますよね。すぐに気付かなくてすみません」
「いつもこんな格好していないから、気づかないですよね。普段着で入るお店じゃないなと思って、一応お洒落してきました。化粧もヘアもプロに頼んで頑張りました」
賢明な判断だなとヨシタカは思った。
バー・七つ矢には、スマートカジュアル以上のドレスコードがある。
男性はジャケットとパンツ着用。
女性はワンピースかトップスとスカート。もしくはドレッシーなパンツ。
男女ともに、スニーカー禁止である。
臨機応変な対応もするのでどこにも明記していないが、客層を見れば誰でも分かるはず。
Tシャツとジーンズでは入店をお断りするか、もしくは、彼女自身が大恥を掻くところであった。
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