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そろそろ夕刻である。ヨシタカは、バイトに行かなければならない。
「そろそろバイトの時間なんで」
「今日は本当にありがとう」
瑞波に改めてお礼を言われた。
「ああ、じゃあ、また」
「うん、明日、大学で会おうね。バイバイ」
瑞波は、去っていった。
(明日も?)
ヨシタカにとっては、これだけに専念する義務はないのだが、瑞波は、妹の一日も早い回復のためのんびりしている暇はない。
これでは、温乃妃子の呪いが解除されるまで、毎日呼び出されることになりそうだ。
(こっちには生活もあるしなあ……)
困っている人がいれば手助けしてあげたいし、頼られると断れない性格ではあるが、毎日となると考えてしまう。何とか早く解決に持っていかなければ。
(多少、強引にでも進めてしまうかな)
関係者の霊視をするしかなさそうだ。
バー・七ツ矢に出勤したヨシタカは、忙しく目の前の仕事をこなした。
今宵も霊視占いで客サービスに勤しむ。
ほとんどが、好きな人との相性や将来どうなるかなどの微笑ましい恋占いで、相手のいない人は、どんな結婚相手といつどこで会うかなどを占うのだが、その人は違っていた。
入店するなり、「ここに、とっても強力な霊能力を持ったバーテンダーがいるって聞いたんだけど、それってあなた?」と、マスターに向かって食い気味に聞いた。
服装は時代遅れの古着。全体的にもっさりした印象のアラフィフ。
この店には縁のないタイプ。それだけで鬼門である。
「いえ、私ではなく、彼です」
マスターが教えるやいなや、ダダダッとヨシタカの正面にやってきて、「私の願いを聞いて!」と、禍々しい圧を押し付けてきた。
ヨシタカは、下から覗き込んできたその顔にゾッとした。
一目見て、背筋どころか手足まで冷たくなる。
大きな目は充血して赤く、顔色はどす黒い。頭はボサボサ。化粧もしていない。どうみても、正常な精神状態ではない。
普通なら、ドリンク一杯を頼んでほしいところだが、変に刺激すると刺されそうな気がする。穏便にお引き取り願いたいところなので、サッサと用件を済ませることにした。
「どのようなお願いですか?)
客は、途端に乙女のような表情になって「あの、私には好きな人がいます」としおらしくなった。
恋する乙女は綺麗だ……ということにしておこう。
「相性占いでいいですか?」
客は、キッと怖い顔になってどこかを睨んだ。
「いえ、違います。私と彼の仲を裂こうとする悪魔のような女がいるんです」
「悪魔?」
「そうです。だから、その人を呪ってください」
「呪う? 私が?」
誰かを呪うことにも、それを広言して他人に頼めることにも、どちらにもビックリする。
「ええ、完膚なきまでに叩きのめして欲しいところだけど、彼が大嫌いになるような失態をかましてくれるだけでもいいです。二度と彼の前に立てなくなるほどの大恥をかかせるとか、そいつの醜い本性を見せつける場面に彼が出くわしてしまうとか」
よくぞそこまで悪いシチュエーションを考えられるものだ。そして、それを要望する図々しさにも辟易する。
「お客様、人を呪わば穴二つです。そんなことはお勧めしません」
やんわりと断った。
「だから、何?」
また最初の怖い顔に戻った。
「私、自分でもいろいろやってみたけど、全然上手くいかなくて。あとはもう、呪いの力に頼るしかないって思っているの」
なんて自己本位な愛だろう。
その二人にとっては、目の前のこの人こそが二人の仲を引き裂く悪魔だろう。
「とにかく、あいつを呪って! 彼を取り戻したい!」
完全に狂っている。
ヨシタカは、おどろおどろしい客を見ていて、誰かに似ていると思った。
(この姿、誰かに似ているような? ……あ、あの教頭だ!)
校門の向こうで見ていた教頭の生霊と表情がソックリだ。
そして、今ハッキリとあの生霊の意味に気付いた。
(そうか! あの生霊は、苛めを隠蔽したくて飛ばしたんじゃない! あれは、彼女の情念そのものなんだ!)
あの教頭は、誰かに強く粘着している。その歪んだ念が生霊となって彼女から飛び出した。
(なるほど。大体分かってきた)
教頭には好きな人、というより、執拗に粘着してる人がいる。
だから、その人と話した人に対して、無意識に生霊を飛ばしてしまう。
つまり、あの高校でヨシタカたちが話した先生の中に、その人がいるということだ。
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