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講義が終わってヨシタカが正門に着くと、瑞波と尾瀬がすでに待っている。
「やっときた。じゃ、行きましょうか」
「ここから歩き?」
「そうよ」
「どれくらい歩く?」
「小一時間かな」
「そんなに?」
尾瀬が反対した。
「結構な距離じゃないか。地下鉄ならすぐに着く。木佛君はどう思う?」
尾瀬は、歩きか地下鉄かを多数決で決める気だった。
ヨシタカとしては、地下鉄に高いお金を払うくらいなら、歩いた方がましである。
「僕は瑞波さんと一緒に歩くよ」
瑞波が満足そうな顔になると、尾瀬を冷たく突き放した。
「私とヨシタカは歩くから、尾瀬君は地下鉄で行っていいわよ。現地集合ね」
「えー! それなら歩くよ!」
尾瀬は、不満なのに行くこと自体を取りやめない。
(そこまでして、行く義理はないだろうに)
尾瀬の目的は、お見舞いというよりもヨシタカにあった。だから行くのをやめる考えはない。そのことを瑞波も分かっている。
「今日は天気もいいし、絶好のウォーキング日和だ。気持ちが良いわよ」
瑞波がささやかな慰めの言葉を尾瀬に掛けて出発した。
三人で雑談しながら歩いた。といっても、ほとんど尾瀬がヨシタカに話しかけていた。
「家族と暮らしているの?」
「いや、一人暮らし」
「地元はどこ?」
「東京」
「それなのに一人暮らし?」
「うん」
今まで気になっていた質問を次々と投げかける。
「バイトは?」
「新宿二丁目のバーでバーテンダーをしている」
「新宿二丁目⁉ えっと、そこでは、男の恰好で? それとも、女の恰好で?」
男か女かにこだわる尾瀬を面倒だなあと思いながらも答える。
「普通のバーテンダーの恰好だよ。あれは、男女の違いがない」
瑞波が余計なことを教えた。
「ヨシタカ君は、霊視占いで大人気のバーテンダーなのよ」
「霊視占い?」
「そうよ。凄い霊能者なんだから」
尾瀬は驚いてヨシタカに訊いた。
「そうなの?」
「ああ」
ヨシタカは、これで尾瀬に引かれるならもってこいだと正直に答えたが、逆に食いついてきた。
「背後霊とか、何でも視えるの?」
「何でもってことはないけど、大体は」
「俺は? 何か視える? 背後霊とか、守護霊とか、オーラとか」
「え、急に言われても……」
「視えないの?」
「視てもいいけど、今は病院に向かって歩いているから」
「分かった。あとで教えてくれよ。凄く気になるから」
益々、ヨシタカに興味が沸いたようだった。
「私はそこまで視て貰わなくていいわ」
「なんで?」
「自分に霊が憑いていると思うと怖いもの」
(誰でも霊の一体や二体は憑いているんだけど)と、ヨシタカは思った。
話しているとあっという間に距離が進み、もう病院が目の前だ。
「着いた、着いた」
三人とも、軽く疲れている。
受付を済ませて院内に入ると、外から救急車のサイレンがけたたましく聴こえてきた。
――ピーポーピーポー……。
サイレンは病院前で消えた。
「救急搬送だ」
受付から救急入口が見えるので、何となく救急車の動きを目で追っていると、数人の救急隊員がストレッチャーとともに下りてきて、血塗れの男性を病院内に運び込んだ。
寝かされている男性は、意識がないようでぐったりしている。
「交通事故かしら。痛そう」
数人の医師と看護師が男性の容体を確認して、バタバタと受け入れ準備をしている。
「男性、30代、至急、バイタルチェック」
心配して見ていると、ヨシタカは、搬送されてきた男性が見覚えのある顔だと気付いた。
(あれ? あの人、萬豆先生に似ている……)
軽く霊視すると、萬豆先生の生霊が苦しんでいた。
(やっぱり、萬豆先生だ!)
驚いて瑞波に教えた。
「瑞波さん、あの人、萬豆先生だと思う」
「え⁉ 本当?」
さらに霊視を続けると、萬豆先生の後ろに黒い霊が憑りついている。
(怨霊が憑いている! まさか、温乃妃子? 彼女が憑りついて事故を引き起こしたのか?)
本当に温乃妃子か確かめようとしたが、いまいち顔がハッキリしない。大きくなったり、小さくなったり、形が不安定だ。
(もう少しで視えそうなのに。なんであんなに不安定なんだ?)
ストレッチャーは、ガラガラと奥に運び込まれていった。
三人でマジマジと見過ぎたようで、「あちらに行ってください」と、看護師に注意された。
「今、運び込まれた人、知っている人です」
「そうなの?」
「はい。身元は分かっているんですか?」
「それはこれからだけど、名前が分かれば教えて」
「西南高校の萬豆先生です」
看護師は、テキパキと手元のメモに書き留めると、「あなた方の連絡先も教えて」と、頼まれた。
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