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(もう少しで口を割りそうだ)  ふと見ると、萬豆の足元が消えかかっている。 「ゆっくり考えている暇はないですよ。萬豆先生には時間がない」 「時間がない?」 「自分の足元を見てください。半透明になっている」 「え⁉」  慌てて自分の足を見て、つま先が消えかかっていることに慄いた。 「あなたは消えかかっている。それはつまり、命の灯が消えかかっているってことです」 「ヒエエエ! ど、どうしたらいいんだああ! 嫌だ! 死にたくない! 怖い! 怖い!」  人を殺しておきながら、自分が死ぬのを怖がっている萬豆に、ヨシタカは冷ややかな視線を向ける。  このまま死なせるわけにはいかない。 「早く真実を言ってください!」 「分かった。言えば助かるんだな!」 「はい!」 「私は、奈智と言う偽名で、女装して新宿二丁目に出入りしている」 「なるほど……え? ええええ!」  思っていたのと違った。 「それが破滅するかもしれない隠し事?」 「そうだ! これが学校にバレたら首だ! 私は、教師を辞めたくないんだ。だけど、女装も止められないんだ! 私を笑いたければ笑えばいい!」  笑う気にはなれない。  新宿二丁目は、そんな人々が集まる場所。同じような背徳感を抱えてやってくる多くの人たちを見てきている。 「笑わないですよ。僕は新宿二丁目で働いていますから」 「え!」  今度は萬豆が驚いた。 「そうだったんだ」 「はい。バー・七ツ矢という店でバーテンダーをしています」 「その店なら知っている。その前を何度も通っているよ。そうだったのか」  ヨシタカが自分と同じ側の人間だったことで、萬豆は安心した。 「最初にお会いした時に、どこかで見たような気がしたんです。やっぱりすれ違ったことがあったみたいですね」 「私はちょっと覚えてないけど。だいたいあの辺にいるときは、しこたま酔っぱらっているからねえ」  あそこでは、夜に素面で歩いている人の方が少ない。 「女装癖は学生の頃からで、教師になったことで我慢していた。だけど、西南高校に赴任すると、目と鼻の先にあこがれの新宿二丁目があって、そこには仲間がたくさんいて……。最初は一回だけのつもりだった。ところが女装して足を踏み入れると、みんな歓迎してくれて、とても心地よくて楽しくて、自分が解放された気がして。それから、二回、三回と……。いつしか自分を止められなくなっていた……」  萬豆は、シクシクと泣き出した。 (泣く事ないのに)  いい年の大人がこんなに泣くことにヨシタカは驚いた。 「温乃妃子さんは、萬豆先生に奈智さんという恋人がいると思っていましたよね?」 「あれは、温乃さんから猛烈に言い寄られて困ってしまい、諦めて貰おうとして、奈智という恋人がいると嘘を吐いて断り続けていたんだ」 「そう言う事でしたか……」  温乃妃子は、架空の人物に嫉妬していたというわけだ。 「生徒に手は出さないし、そもそも女に興味がない。でも、そのことも知られたくなかった」  萬豆の苦しい胸の内を聞いて、ヨシタカも苦しくなった。 「でも、聞きたいことはそれじゃないです。もっと生死に関わる深刻な秘密がありませんか?」 「生死に関わる?」 「温乃妃子さんの本当の死因を、先生は知っているんじゃないですか?」  萬豆は、ズキンと胸が痛んだ。 「あ、あ……」 「萬豆先生、あなたが温乃妃子さんを殺したんじゃないですか?」 「違う! 私は殺していない!」  ヨシタカに縋って泣き出した。 「それだけは信じてくれ!」  ここまで真剣な顔で訴えられたら、さすがに萬豆が犯人じゃないのかもと思い出した。 「では、誰がやったんですか?」 「それは……、うう……」  まだ萬豆の心にブレーキが掛かっているようで、口ごもって話さなくなった。
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