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萬豆の体が半透明になっている。
「体が消えかかっていますよ。もう時間がない。早く言わないと、この世から消えてしまいますよ」
萬豆は、自分の体を見て焦った。
「本当に、私はこのまま死ぬのか?」
「今のままではそうですね」
ヨシタカとしても、早くここから萬豆を連れて抜け出したいところだ。
「だから、早く教えてください」
「分かった。死んだら元も子もないし、あの世まで持っていくつもりはない。本当のことを言うよ。手を下したのは教頭先生だ」
「ええ⁉」
驚くと同時に、ヨシタカの脳裏に当時の映像が流れ込んできた。
――百々目教頭の前に、炎に包まれた温乃妃子が倒れている。百々目教頭が冷酷な目で見下ろしている。
温乃妃子の体から放たれる火の熱気。肉と髪の毛の焼ける悪臭。有毒な煙が目と鼻を刺激する。たった今体験しているかのようなリアルさがある。
温乃妃子はまだ生きていて、「熱い、熱い」と苦しんでいる。
そして「萬豆先生……」と、搾りだすようにその名を呼んだ。
萬豆が百々目教頭の後ろにいて、「教頭先生! 何てことを! 温乃さん! 今、火を消すから!」と、自分の背広を脱いで、それで炎を叩き消しそうとした。
しかし、火の勢いは衰えることがない。
バッサバッサと、必死に火を消している萬豆を置いて、教頭はどこかに行ってしまった。――
ようやく過去が視えた。
「お願いだ。信じてくれ」
「信じます。でも、なぜ今までそのことを黙っていたんですか?」
「情けないが、教頭に脅されていたんだ」
「教頭に?」
「ああ。教頭は、当時の校長と結託して、私を脅して口留めしてきた。余計なことを言えば、私にも悪いことが起きると。あの二人に睨まれたら、首根っこ掴まれた子猫みたいなものさ。自分も殺されるかもしれないと思うと、恐ろしくて逆らえなかった。だけど、いつかは本当のことを言わなきゃとも思って、ずっと胸の内に抱えていた。それで、最初は犯人隠匿罪の時効である3年を目途に警察に言おうと思っていたんだ。その頃には、校長、教頭とは離れるだろうし、状況も変わるはずだと考えていた。ところが、校長は定年でいなくなったが、教頭はまだ残っていて……」
「今でも脅されているんですか?」
「そうだ。あいつはいつも近くで私を見張っている」
「それは、恐怖ですね」
「そうだろう? いつしか、私は事実から目を逸らして、無かったことにしようと思った。忘れようと努めた。それによって、しばらくは忘れていた。ところが、校長が変わると風向きが変わった。前校長では撤去していた彼女の席を、戴校長は教室に置くように指示したんだ。だけど教頭の手前、それさえも見ないふりをしていた」
「戴校長になら、相談を出来たんじゃないですか?」
萬豆がうな垂れる。
「そうだったかもしれない。温乃さんにはすまないことをした。ウワー!」
萬豆は、そのまま泣き崩れた。
「今更泣いて後悔したところで遅いです。バレなければ、一生やり過ごすつもりだったんでしょう」
ヨシタカは、辛辣な言葉を投げかけずにいられない。
後悔しているようなことを口にしているが、彼は自己保身の塊だ。
戴校長は、あの高校で唯一まともな人だった。誰よりも事件解決を願っているのは、あの人なのかもしれない。
「教頭は、どうして彼女を手に掛けたんですか?」
「怖くて聞いていない。知らない方がいいこともあるだろ?」
「では、校長が教頭に協力したのはどうしてですか? 二人の関係は?」
「ダブル不倫の関係にあったみたいだ」
どこかで「チッ」と、舌打ちのようなものが聴こえた。
この闇の中に、最初からそれはいたのだ。
「そこにいるんでしょう? 百々目教頭」
ヨシタカは、舌打ちの聴こえた闇に向かって言った。
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