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 闇の中で、百々目教頭の姿が徐々に浮かびあがってくる。  それはまるでバケモノの姿だった。  怒りで眉目は吊り上がり、口元は歯ぎしりで曲がっている。全体的に顔が歪んで実に醜い。  それよりも驚いたのは、その姿勢だった。まるで蜘蛛のように四つん這いになっている。  全てが醜悪なその姿。学校で見た教頭からは、想像できないほどの変わりようだ。 「本当にあれは人なのか?」  肉体から抜け出した生霊は、本性がむき出しになってしまう。いくら表面を取り繕っても、魂だけの姿がそのままその人の本性である。  生霊を見れば、その人が長年どのような生き方をしてきたのか、一目で分かってしまうのだ。 (これが教頭先生の本性ってことは、萬豆先生の証言は正しいみたいだな)  教頭の生霊が萬豆を睨みつけて脅してきた。 「とうとう喋ったね」 「ヒイイ!」  それだけで萬豆は震えあがり、ヨシタカの後ろに隠れた。 「そいつを庇うなら、お前も同じ目に遭わせてやるよ」  その上、ヨシタカまで脅してくる。  肉体があれば、間違いなく骨身に染み入るだろう恐怖だろう。しかし、生憎ヨシタカには何の効果もない。 「萬豆先生」 「ブルブル……」  萬豆はすっかり腑抜けていて、とても抵抗できそうにない。仕方なく、ヨシタカが対峙することにした。 「悪事はいつかバレます。いつまでも隠せるものではないですよ」 「うるさい! あんたが余計なことをしたんだろ!」 「とんでもない。そもそも、自分で原因を作ったんでしょ。僕は、白部環奈さんを助けたくて、そのためには温乃妃子さんを救う必要があるから、いろいろ動いたまでです」 「誰もあれを救うことなど出来やしない!」 「いえ。道筋は出来ました。あなたは間もなく破滅するでしょう。覚悟しておいてください」 「うるさい! うるさい! うるさい!」  教頭が暴れ出した。  ヨシタカは、萬豆の手を取って、「ここから離れましょう」と、言った。 「どどっどど、どうやってててて? 辺りは、まだ、ま、ま、ま、真っ暗なのにににに……」  恐怖のあまり、呂律が回っていない。 「大丈夫。僕が連れていきます」 「ででででも、きょきょきょ教頭先生ががが……」 「しっかり僕の手を握っていてください。行きますよ」  ヨシタカは、自分の体に戻ることを念じた。  二人の魂は、ヒュン!と、まるで糸で引っ張られるように勢いよくその場から遠ざかる。 「絶対に逃がさない! どこまでも追ってやる! 待てええええ! オオオオ!」  教頭が人とは思えない声で吠えながら、四足歩行で追いかけてきた。 「本物のバケモノだ!」 「ウワアア! 追いつかれるー!」 「大丈夫! 絶対に追いつかれないと念じて!」  この世界は、全て萬豆先生の観念で出来ている。だから萬豆先生自身が信じることが重要なのだ。  教頭に侵入されて好き勝手されるのも、萬豆の心の弱さに付け込まれているからだ。  二人の魂は、追いすがる教頭をかろうじて引き離した。闇から抜け出して、萬豆の病室に舞い戻った。  バイタル測定器を見ると、弱弱しいが脈拍はある。 「間に合った!」  ヨシタカが萬豆の魂を頭頂部から肉体にグイッと押し込むと、血色が徐々に戻り、血圧と鼓動の数値が正常範囲になった。  これで助かる。  萬豆の回復を見届けて、ヨシタカは自分の体に戻った。  目を開けると、瑞波と尾瀬の心配顔が目の前にあって、ヨシタカの顔を覗き込んでいた。 「どうだった?」 「萬豆先生なら、助かったと思う」 「ああ、良かった。それで、何か分かった?」 「温乃妃子さんを殺した犯人は、萬豆先生じゃなくて、百々目教頭だったよ」 「あの教頭先生が?」  瑞波は、驚愕して息を飲んだ。 「そうだ。萬豆先生は目撃者だった。でも、その証言が出来るのは、今のところ萬豆先生しかいない。だから、回復を待って学校に言いに行かなきゃ」 「分かったわ。それで温乃妃子さんの無念が晴らせたら、環奈も助かるって算段ね」 「ああ。その通り」  尾瀬は、二人の会話を啞然と聞いていた。 「なんか、俺の知らない世界がここにあったみたいだな」  ついていけないようで、少し引き気味だ。  これで尾瀬の好意が薄れてくれればいいのだがと、ヨシタカは少しだけ期待していた。
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