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 思うことはいろいろあるが、取り敢えず社会人らしく振舞おうと、痛々しい姿の萬豆(まんず)(ねぎら)いの言葉を掛ける。 「萬豆先生、この度は災難でしたね。外出できるまで回復されて本当に良かった」  萬豆は、松葉杖をついて立ち上がると深々と頭を下げた。 「この度はご迷惑をお掛けしました」 「立たなくていいです。座っていてください」  富岡が慌てて座らせた。 「私がいない間、仕事を替わってくれたそうで、ありがとうございました」 「とんでもない! こういう場合にカバーするのは、同僚として当然のことです。気にしないでください」 「そう言われると助かります。お陰様で、こうして無事に退院出来ました。まだ若干の不自由はありますが、リハビリを頑張っていますので、すぐ元通りになります」 「では、そろそろ授業に復帰出来そうですか?」 「そのことで相談に来ました」 「なるほど、そういう事ですか。その様子じゃ、通勤も大変ですよね。ところで、こちらのお二人は? 確か、白部さんのお姉さんとご友人の木佛さんでしたよね」 「そうです」 「何故、彼らがここに? 萬豆先生の事故と関係でもあるんですか?」 「いいえ。事故は単独で起こしたもので、彼らとは何の関係もありません」  萬豆が即座に否定する。 「では、どうして?」 「それについては、私から説明しましょう」  戴校長が説明を始めた。 「これから、6年前の件について話すからです」 「6年前の件? 温乃妃子さんのことですか?」 「そうです。富岡先生は、6年前はここの生徒でしたよね」 「はい」 「そして、生前の温乃さんをよく知っていた」 「それは萬豆先生も同じでしょう。むしろ、萬豆先生の方が関りが深かったから、よく知っているんじゃないですか? 当時、いろいろあったと推察しています」  富岡が軽く睨んだので、萬豆は思わず目を逸らす。  富岡は、少しだけ萬豆が犯人ではないかと疑っていた。同僚として接していけば、いつか化けの皮を剥がせるかもしれないとも思っていた。  ところが、彼はとても良い教師であった。  萬豆の物腰や話し方は、とても丁寧で柔らかい。富岡も嫌いになれない。  過去に、温乃妃子に対して特別な感情を持っていたとか、特別扱いしたことなども知る限りない。  それでも、たまに言い知れぬ怒りが湧いてきて、つい睨んでしまう。  自分がこの高校にいる事を最も嫌っているのは萬豆だろう。  いつか過去の悪事がバレるんじゃないかと警戒しているはずだ、と富岡は思っている。  萬豆も、富岡が自分を疑っていることを重々自覚していて、その理由もちゃんと理解していた。  そのため、時折受ける富岡の冷たい視線には気付かぬ振りを貫き、特に言及したことはない。  校長室に不穏な空気が流れて、戴校長が富岡を宥めた。 「まあまあ、富岡先生、落ち着いてください。萬豆先生から話したいことがあるそうなので、まずはそれを聞きましょう」 「6年前の内容なのに、彼らにも関係しているんですか?」 「そうです」 「分かりました。釈然としませんが、まずは萬豆先生の話を聞きましょう」  萬豆の正面にはヨシタカたちが座っている。  萬豆の隣が空いていたが、富岡は敢えて校長の正面を選んだ。  萬豆が見やすくなるように、少しだけ斜めに位置を動かして腰かけた。
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