こんてすと

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「ワナビってやつは、病気なんだよ」  アルコールが多分に含まれた息と共にそう吐き出すと、兵藤は青りんごサワーをグイッと飲んだ。安さが売りの居酒屋は、酔っぱらい達の声でガヤガヤしている。やはり聞き取れなかったのか、紺野(こんの)は「えっ?」と言った。 「wannabeなんて英語があると、何か特別なものみたいだが、実際には作家でも何でもないからな。何の地位もない癖に、仕事よりよっぽどエネルギー使ってる。馬鹿みたいだろ?」  兵藤は口元を歪めた。紺野とは学生の時からのつきあいで、気を遣う必要のない友人だ。しかし、会社で上手くやっている彼といると、自分の不安定な現状について、感じないはずの劣等感がむずむずしないこともない。  紺野は少し困った顔をしたが、育ちのいい彼はすぐに涼やかな目を和ませた。 「それだけ打ち込めるって、すごいことだと思うけどな。兵藤、学生の頃からずっと書いてるだろう?」 「まあな。そのせいで連敗記録も更新中だ」  おめでとう、と紺野がジョッキを掲げたので、腹立つ、とグラスでぞんざいに応じた。 「でも、そういうコンテストって相性もありそうだよな。どっかで落とされた話が、別のところで評価されることもあるかも?」 「……」  それはあるだろう、と思う。記憶が正しければ、そのパターンで出版に至ったケースまであったはずだ。  だが。 「簡単に言ってくれるよ」  そんな気休めはいらない。小さなテーブルでひざを突き合わせている友人から、兵藤は目を逸らした。視界の隅に、半分しか残っていない人工的な色のサワーが映り込む。 「どんなに上手く書けたとしても、落選した作品はな、死刑を宣告されたようなものなんだよ。そこで死ぬんだ」 「死ぬなんて……そういうものか?」 「ああ」  少なくとも、俺の場合は。  コンテストの応募作を仕上げるのには、文字通り全力を注ぐ。知識、発想、技術、そして体力と時間。そうして己の命を削るようにして、唯一無二の世界を作り上げる。自分の理想を詰め込んだ、完璧な世界だ。それが否定されるというのは――。  それでも「あと一回」と思ってしまうのだから、やはり病的だ。  パソコンに眠る「(しかばね)の山」のことを思い出して、兵藤はほろ苦い青りんごサワーをあおった。  
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