こんてすと

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 紺野が呆然としていると、兵藤は思わぬことを口にした。 「俺は今回、未完成のものを送ったんだよ」  ギシ、と彼がイスを鳴らす。姿勢も、口調も、何もかもが疲れ切っていた。 「ダメ元でな。でも、可能性なんて皆無だった。最後まで書き終わってなかったんだからな」 「そんな……何でちゃんと書かなかった?」  そんなの、と友人は(いびつ)に笑った。 「いつもスラスラ書けると思ったら、大間違いだ、馬鹿野郎」  理不尽だ、と紺野は思った。  これまで何作品も仕上げてきたのだろう? 仕事よりも力を入れているという言葉は嘘だったのか?  いつも通り、完成作を応募してさえいれば、全て上手くいったのに。どうして今回に限って。 「受賞の連絡があった時、俺は失望した。むしろ絶望か。だって、あのクオリティだぞ? 今までやってきたことは何だったんだって思って、それで……でも、これはもっと悪いことだったんだな」  黙り込んだ紺野に、兵藤はまた、得体の知れない複雑な笑みを浮かべた。 「自分が何をしたのか、分かってるのか?」 「え?」 「俺はもう、コンテストの審査を信じられない。もう二度と」  兵藤の暗澹(あんたん)とした目が、こちらを射る。 「お前がコンテストを殺した。いいか? コンテストは俺の目標で、俺の……俺がどれだけのものを注いできたか、少しは知ってると思った。お前、俺のこと何も分かってないんだな」  大きく息を吸って、「なあ、紺野」と僅かに震えた声で彼は続ける。 「俺はな……お前が関わってたってことが余計にショックだよ。何でだよ? 何でこんなこと……」 「兵藤……」  サアッと、血の気が引くのを感じた。  思い違いだったのか。兵藤は何よりも、落選を恐れているのだとばかり思っていた。もしかすると俺は、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか――。  紺野は半ば崩れるように、ガクンと両膝をついた。「悪かった」と言葉が口を突いて出る。 「俺が軽率だった。馬鹿なことをした。すまない、兵藤……もうこんなことはしないって、約束する」  反応はない。沈黙に焦りを覚えて、なおも言った。 「本当に、悪かった。許してくれとは言わない。けど、俺に挽回(ばんかい)させてほしい。気分転換したいというなら、付き合う。新作を書きたくなったら、今度は必要なサポートをする。あと一回……あと一回でいい。俺にチャンスをくれないか? 頼む」 「……まだ、分からないんだな」  もういい、という呟きと共にこぼれた溜め息は、どこまでも陰鬱だった。  いつの間にか、兵藤の手に何かが握られていた。四角くて細長いパーツのあるその道具を、紺野は最初、おもちゃか何かだと思った。ドラマで目にするものとは違い、まるで安物の工作キットのようだったし、それ以前に、この部屋での出来事全てが、どこか現実とは別のもののように感じられたからだ。  だが、彼がそれをゆっくりと構えた時、その瞳から一切の光が失われているのを見た時、紺野の心臓は凍りついた。  まさか、本物の――。  ドン!  
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