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九回のウラ、スコアは二対ゼロ。俺は最後のマウンドにゆっくりと上がった。
ここまで二十四人のバッターを全て打ち取り、完全試合まであと一回を抑えるのみ。無我夢中で投げ続けた球数は、すでに百二十を超えていた。
野球において完全試合を達成するということは、特別なものだ。ヒットはもちろん、四死球やエラーによる出塁も許されない。文字通り完全に相手を抑え込む。達成するには、実力はもちろん、ある程度の運も必要になってくる。
完全に打ち取ったと思った打球がイレギュラーしたり、野手の間に落ちたりすればそこまでだ。屋外の球場であれば、天候や日光にも左右される。個人の力とチームの力、運気を引き寄せる器量。全て揃ったときにやっと手に出来る、投手にとっての最高の栄誉といえる。
ここまで投げてみた感覚では、ストレートのかかりが特によく、体の調子は最高だ。
ホームベース奥に座る木島を見る。今日は彼のサイン通りに投げ、一度も首は振っていない。
木島は、球場で起こるあらゆる状況を常に俯瞰している。バッターがどんな球種、コースを待っているのか。相手チームの監督やコーチの狙いは何か。そして、試合中の全投球はもちろん、全打席バッターの挙動までも、彼はすべて記憶している。
ゆえに、彼のリードはいつも的確で、最も適した選択をしてくれる。投げる側からするとこれほど頼もしいことはない。俺は木島の構えるミットを目掛け、示された球を全力で投げればいいのだから。
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