長谷川×山岡編

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「あのっ、本当にありがとうございました!」 「お疲れ様。よく頑張ったね」  完璧な外面。極上の営業スマイル。柔和な笑顔で新人副操縦士の肩を叩き、長谷川は税関を抜けてゲートをくぐった。周囲の視線を一身に集め、手続きを終えて一旦自分のデスクに戻る。  パイロットとはいえ、空を飛んでいるだけが仕事ではない。RCAではある程度常務歴が長くなると育成を名目に数人の新人教育を受け持つ。教官たちとは別の立場で、教育を施すバディ制度だ。  長谷川も三人ほど受け持っており、回数をこなすまでは彼らを指導しながらフライトをこなしている。このバディ制度は巡回式で、満期になるとまた別の新人を受け持つことになる。これは知識や技術に偏りがでないようにするためで、このバディ制度を経て教官の道を志すパイロットも少なくない。もちろん受け持つ副操縦士以外にも組むことになるため、単純に彼らとだけペアになるわけでもなかった。 「長谷川機長(キャプテン)!」  ほんの一瞬、長谷川の表情に影が差した。腹の底で舌打ちするが、穏やかな笑顔で隠して振り返る。目をキラキラさせた若い副操縦士たち。彼らは長谷川が受け持っている今期の新人たちだ。丁度、先ほどフライトを終えたばかりの新人もいた。 「どうした、三人揃って。何か質問か?」  大方の予想はついたが、あえて尋ねてみる。すると案の定、この後食事に行こうと誘われた。しかも断られることを想定して、そろそろバディ担当期間が終了することと明日が休みであることを全面に押し出してくる。  さて、困った。彼らは知恵が回る分、優秀だが厄介でもある。強引に断っても良かったのだけれど、社内での評判を落とすのはマズイ。今後の計画に差し支える。それさえなければ即、憐憫もなく断っているところだ。  今更だが、長谷川はモテる。それはもう、面倒なほどにモテる。これまでの人生、女性はもちろん男性からのアプローチが途絶えたことがなかった。山岡のことを匂わせ、それを肯定したのにも関わらず俄然張り切って長谷川に接近してくるツワモノも、残念ながら少なくはない。  自分に自信がある人間ほど迫ってくる。そしてその一人が、この三人の中にいた。RCA期待の新人。ペーパーも実技もダントツ一位の秀才。若々しさと愛らしさを兼ね備えた美貌は同僚や上司を虜にし、CAたちからの評判も良い。自分がどう見られているのかを理解し、自分自身を非常に上手く使っている。これまで挫折らしい挫折を味わったことのないタイプだ。  よく手入れされた髪と肌。自信を溢れた表情。嫌味のない計算尽くされた色香。正直、嫌いなタイプではない。賢い子は好きだ。昔の自分なら手に入れていたかもしれない。 「キャプテンも明日はお休みですよね?」  気の強そうなアーモンドアイ。困ったように微笑むと、お願いしますと体を寄せてくる。ふわり、と香る甘い柔らかな香りにはもう苦笑するしかない。計算尽くめのアプローチが、いっそ好ましいくらいだ。 「そうだな……。じゃあ、ちょっと待ってくれるか?」  そう言ってプライベート用のスマートフォンを取り出し、そのままデスクで電話をかける。席は外さない。あえてこの場でかけることに意味があった。  何度目からのコール音の後、電話に出た彼に目を細める。時差を考えて電話を控えていた。たった一日だが、それこそ一日千秋。会いたくて、声が聞きたくてたまらなかった。 「もしもし、尚? 僕だよ」 『お疲れ様です。もうお仕事終わったんですか?』 「うん、今ね。尚は何してたの?」 『晩御飯作ってました。今日は俺が作ったんです。あの……早く、帰れますか?』  グッと、腹が締まる。笑顔が引きつりそうになった。うっかり素の自分が出そうになってしまい、長谷川は無理矢理笑みを深くする。その時、運航部に入って来た長身の男を見つけた。目が合う。長谷川が唇を歪めたのが分かったのか、ずば抜けてIQの高い彼は微苦笑して肩を竦めて見せた。素直にこちらへ歩いてくる。 「もちろんだよ。楽しみにしてる。じゃあ、後でね」  電話を切り、笑顔で席を立った。 「申し訳ない。ご飯作って待ってるみたいだから、帰らないと。また今度誘ってくれるかな。代わりに、彼に色々と教えてもらうといい」  そう言って顔を向けた先に、苦笑している柚野。RCAで長谷川と並び人気のある若き機長の登場に、彼らの目が分かりやすく輝いた。長谷川はすぐさま柚野の隣に立ち、三人に笑顔を向けたままそっと囁く。 「曽田くんの行きつけ、知りたいだろう?」 「情報元次第ですね」 「もちろん、僕の可愛い尚からだ」  こっそり、囁き合う二人。山岡からの情報と聞いて、柚野の目の色が変わった。交渉成立。柚野は小さく顎を引き、三人を見下ろす。 「代打で申し訳ないけど、俺でいい?」  もちろんです! と三人が笑顔で頷く。ただ、例の一人だけはまだ長谷川に未練がったのか、今度は絶対ですよと小首を愛らしく傾げて見上げてきた。自分を可愛く演出することに長けた子だ。山岡には絶対にできない芸当である。ただ、残念なことにハッキリ言って顔は山岡の方が上だ。多少の好みはあるだろうけれど、客観的に見ても山岡の方が彼より勝っている。事実、山岡を目当てに来店する客は相当多い。長谷川が牽制しててもなお、通い続けている。こればかりは相手が客である以上、手が出せなかった。本格的に面倒なことになりそうならば、志間が対処するだろう。  志間はそういう類の人間に容赦がなく、ウチはホストじゃないと怒鳴って出禁にした客は一人二人ではない。 「それじゃ、またフライトで」  後のことを全て柚野に任せて、長谷川はさっさと仕事を片付けデスクを後にした。着替えを済ませ、駐車場に停めてある車に乗り込む。エンジンをかけながら、もう一度電話をかけた。そこには笑顔の欠片もない。 『お疲れ様です』 「変わりはなかったか?」 『それが……。実は、山岡夫妻がやって来まして』  Bluetooth越しの会話に、長谷川が目を眇める。ハンドルを右に回しながらどういうことだと尋ね、アクセルを踏み潰しそうになる衝動と戦いつつ愛車を走らせた。  滝川の話を一通り聞き終えた長谷川は、電話を切ると迷わず高速に乗った。一秒でも早く山岡のもとに帰りたかった。山岡にとってあの夫妻は鬼門だ。尚大ほどの恐れはないが、深い闇を抱えている。怯えたはずだ。辛かっただろう。よく頑張ったと褒めてやりたい。  普段よりかなり早く長谷川家の屋敷へ戻り、出迎えに出た住み込みの男に鍵を渡す。 「尚はどこだ?」 「台所です。滝川さんとデザートを作っていらっしゃいます」  言われた通りにキッチンへ向かい、そこで楽しそうに滝川とレモンタルトを作っている山岡を見つけた。笑いながら飾りのレモンをスライスしている山岡の姿に、もうそれだけで仕事の疲れが吹き飛ぶ。仕事柄とても手際がよく、滝川も珍しく声を出して笑いながらレモンタルトを作っていた。とても楽しそうだ。  そこに、かつて生きた人形と揶揄されていた頃の山岡の面影はどこにもない。  彼は本当に何もかも忘れているらしく、当時の長谷川のことを覚えていない。おそらくあの頃が一番辛い時期だったのだろうから、無理もなかった。現に彼は思い出したくないと言っている。であれば長谷川が無理に思い出させることもない。当時は目も合わせてくれなかったけれど、もう一方通行ではない。  山岡の背中を見つめながら、長谷川は微笑む。声をかけるのが惜しいくらいに楽しそうな愛しい人。長谷川を引っ叩いて睨んだ高校生の頃も可愛かったが、年齢を重ねてもっと可愛くなった。 (懐かしいな……)  まだ律子が生きていた頃。山岡はまだ高校生だった。祖父の見舞いの品を預かって病院に出向くことが多かった長谷川は、そこでよく彼女の孫を見かけた。それが山岡だった。 「楽しそうだね」  小さな背中に声をかけると、山岡が驚いたようにこちらを振り返った。すぐに笑顔を浮かべ、手を止めて駆けてくる。長谷川家のキッチンは相当広く、スリッパのパタパタという音が軽やかに届いた。 「お帰りなさい。早かったですね」 「うん。早く尚に会いたくて」  彼の体を抱き寄せ、頬を撫でる。照れたようにはにかむ山岡だったが、後ろに滝川がいるのを思い出したのか顔を真っ赤にして長谷川から離れた。しかし長谷川の腕に阻まれて、逆に抱き締められてしまう。長谷川はそのまま山岡を抱き上げ、滝川に声をかけた。 「構わないか?」 「もちろんです。お食事の際はお声がけください」  心得たように滝川がそう頷くと、長谷川は焦る山岡を抱えて自室へと戻る。護衛を下げ、彼を抱えたままベッドに腰掛けた。 「本当に会いたかった……。寂しかったよ」 「お、俺も会いたかったです」 「本当?」  恥ずかしそうにしながらも頷いてくれる山岡に、長谷川は目を細めた。膝の上に乗っている小さな体。滝川に借りたのか、エプロン姿がまた一段と愛らしい。彼のエプロン姿は見慣れているはずなのに、職場で見るものと全く違って見えるのは表情のせいだろう。  綺麗な顔だ。ソルーシュは美人や美形揃いだが、山岡だって負けていない。一回り近く年の差の離れた子にこうも感情を揺さぶられ、虜になっている事実。それを嬉しいとさえ思っているのだから救いようがない。  そっと顎を掬う。顔を寄せれば、何をされるのか察したように長い睫毛を震わせた。逡巡ののち、目を閉じる。膝の上で握った拳が震えていたけれど、それさえも可愛くて小さな拳に手のひらを重ねた。  柔らかな唇を啄み、怖がらせないように気を遣いながら舌を滑り込ませる。ほんのわずか体が震えたものの、拒みはしない。鼻孔をくすぐるレモンの香り。人工的な甘ったるい匂いとは真逆の、山岡らしい匂いだ。 「ンぅ……」  角度を変えて深みを増しながら、会えなかった分の寂しさをぶつける。  逃げる舌先を追いかけ、ねっとりと絡めながらエプロンの紐を解いた。布の擦れる音に反応して山岡が慌てるが、それより先にシャツの中へ指を忍ばせる。脇腹を撫で、まだ柔らかな胸の突起を抓んだ。 「隼人……さ、駄目……」 「どうして?」  唇が触れるか触れないかの距離で尋ねる。だって、と目元を赤く染める山岡の唇をもう一度塞ぎ、本気で拒んでいるのかを探った。  キスには応じる。逃げもしない。これは理性と羞恥が壁になっているのか。そう判断して逃げる舌を吸い上げた。弱い上顎の部分を舐めながら、カリカリと胸の突起を爪弾く。唇の端から零れる快感の吐息。下肢がモゾモゾし始め、体温が上がったのが触れていて分かった。 「……尚。ここ、舐めたい」  ツンと尖った乳首を爪弾いて、長谷川がシャツの裾を軽く捲る。 「えっ、で、でも……まだ」  お風呂に入っていない。そう耳まで真っ赤にして拒む山岡に、長谷川が嫣然として脇腹を撫でた。 「尚は俺とこういうことするの、嫌?」 「ち、違います……っ」 「じゃあ、捲ってくれる?」  自分でシャツを捲って胸を突き出せと言う長谷川に、山岡の瞳が分かりやすく潤んだ。恥ずかしくてたまらないのだろう。元来、色事には無縁だった彼だ。  ゾクゾクする。早くこの顔を快感に歪めて泣かせたい。きっと可愛くしがみ付いてくれるだろう。とはいえ、むしゃぶりついては怖がらせるだけ。先日初めて他人のものを受け入れたばかりの体だ。慎重に。狡猾に。  エプロンを脱がせてベッド下に落し、長谷川は彼が動くのを待った。分かりやすく狼狽える山岡。しかしそれ以上は長谷川が動かないと分かるや、首まで薄い紅色に染め上げながら腕をぎこちなく動かし始めた。  一挙手一投足がとにかく可愛い。見ていて飽きない。自分のために羞恥心を捨ててシャツをたくし上げる恋人に、長谷川は唇を歪めた。本当に、なんて可愛い子だろうか。  ベッドに両ひざを付いて、無防備に胸を晒してくれる。正面に見るシミ一つない白い柔肌が眩しい。長谷川が触れたせいで、すでにそこは軽く尖っていた。腰を抱き寄せて、薄い色の乳輪に舌を這わせる。わざとらしく音を立てながら乳輪ごと吸い上げ、たっぷりと唾液で濡らした。可哀想なくらい敏感な体は、もうそれだけ感じるのか微かに震えている。  口の中でチロチロと突起を舌先で嬲れば、気持ち良さそうに腰が揺れた。指は使わない。腰に両手を回したままだ。ヂュ、と音立てて右側から口を離し、赤くなった乳輪に満足して隣の突起へ移る。 「ふ、ぁ……ん、ぅ……」  左側の突起も丁寧に舐め上げ、薄く開いた唇から甘い吐息が零れた。尖った乳首を甘噛みして軽く引く。 「っぁ、ン……っ」  これが気に入ったのか、触れる下肢の中央はしっかりと熱を持っていた。痛みと快楽の境界線。山岡が委縮しない程度の甘美な痛覚。山岡のそこが赤く熟れるまで堪能し、敏感になった突起に息を吹きかける。 「ン、ぅ……っ、隼人さ、……ん」  可愛い声が名前を呼んだ。長谷川は腰に回していた手で山岡の臀部を撫で、デニムのボタンに手をかける。ここで焦らすことはしない。そんな無駄なことをして、機嫌を損ねて出て行かれては敵わない。胸を愛撫しながらゆっくりとデニムを脱がせ、薄い布越しに丸い臀部を両手に掴んだ。 「……っ、ぁ」  優しく揉みながら赤い鬱血を刻んでゆく。山岡の屹立は完全に勃起していて、薄布が先走りで濡れていた。 「尚、ここも舐めたいな」  指先でなぞる、小さな亀頭。断られないことを分かった上で、あえて山岡に承諾を取るのは恥ずかしがる山岡を見たいからだ。完全にエロ親父の思考だったが、男なんて所詮はこんなものである。 「……隼人さんも、……脱いで、よ……」  自分だけは嫌だと口を尖らせる山岡に、長谷川の思考が一瞬停止した。俯いたまま拗ねる山岡を、衝動的に押し倒しそうになる。それをどうにか堪え、理性を総動員して耐えた。自分を自分で褒めてやりたい。 「じゃあ、脱がせてくれる?」  頬にキスをして、甘いおねだり。山岡は自分一人が裸になるよりはいいと思ったのか素直に長谷川のシャツに手をかけた。ボタンを一つ一つ外し、露になる素肌。恥ずかしいのを隠して長谷川を脱がせる山岡が可愛くて、その様をジッと見ていた。長谷川のシャツがベッドに落ちる。 「こっちは、いいの?」  ベルトを軽く抓んで山岡を見るが、流石にそこまで出来るとは思っていない。山岡にはこの辺が限界だろう。そう思っていた。長谷川の肩に頭を押し付けて、無言でバックルを外す山岡。ボタンまで外されて、長谷川は目を瞠ったまま声も出ない。  ただやはりそこで限界だったのか、完全に手が止まる。葛藤しているのがよく分かったので、これ以上は酷だと長谷川は山岡を抱えた。ベッドに寝かせ、自らスラックスを脱ぎ捨てる。 「あ、の……明かり……」  そういえば点けっぱなしだったなと、長谷川はベッドサイドにあるAIに明かりを落とすように命じた。常夜灯の明かりが一気にムードを押し上げ、一段と山岡が妖艶に見える。オレンジ色の明かりに映える白い肌。ぷっくりと膨れた淫猥な乳首。ところどころに刻まれた赤い鬱血。長谷川が山岡の体を堪能している一方で、山岡もジッと長谷川の体を見ていた。うっとりとした表情で腹筋を撫でられ、目を細める。自分とは違う小さな体。男にしてはやけに柔らかな山岡を壊さないように抱き締めた。  これは自分の宝物。やっと手に入れた生涯唯一の人。祖父といい父といい、どうも本命とは縁がなかったようだが三度目の正直というやつか。長谷川だけは一番欲しかったものを手に入れられた。だからこそ逆に怖い。誰かに奪われてしまわないか。どこかに連れ去られてしまわないか。怖くてたまらない。 「尚……愛してるよ」  彼の首筋に顔を埋め、抱き締めたまま囁いた。おずおずと回される細い腕。満たされるのと同時に沸き起こる、圧倒的な飢え。体をずらし、薄布の上から唇で挟む山岡の屹立。同じものなのにこんなにもいい匂いがするのは完全に思考の問題だろう。こんなところまで色の薄い山岡の屹立を外に出して、下着を下げながら陰嚢にキスをした。 「ン……」  目を閉じて長谷川の唇を感じている山岡に、長谷川は亀頭からすっぽりと口に含む。根本まで頬張ると、分かりやすく山岡が腰をしならせた。甘い喘ぎ声。こちらの腰がズンと重くなるほどの淫靡な声だ。普段の山岡からは想像もできない。  じゅぶじゅぶと顔を上下させて扱き、山岡の息遣いが荒くなる。気持ちがいいのだろう。膝を立てて腰を押し付けてきた。上顎で亀頭を擦り、一番弱い裏筋を舌で撫でれば一層熱く屹立が熱を帯びた。素直な体だ。可愛くてたまらない。 「っ、ぁ……隼人さ、ん……待って、離して……っ」  鈴口に舌先をねじ込んで吸い上げた長谷川に、山岡が少し焦ったように腰を引く。上に逃げようとするので長谷川は腰を掴んで引き戻し、そのまま溢れる先走りに舌を這わせた。  怒張する屹立が弾けそうなのは、こちらとて分かっている。だからこそ、あえて離さない。せっかくの可愛い顔が見られるチャンスだ。山岡には大変残念なことに、長谷川はこの手の泣き顔が大好物だった。  イキそうな焦りと長谷川の口に出してしまいそうな焦り。双方の焦りが羞恥と重なって、山岡の目は完全に涙色。前も同じようなことをしたはずなのに、どうしたって慣れないらしい。  前回は薬を使用したこともあり、そのせいで感度が高いのかと思っていたが、そもそもこの体は薬なんて必要なほど敏感だった。このまま飲むのもオイシイが、もっと別の可愛い顔が見たい。  口の中でビクビク震える屹立。そろそろ頃合いかと唇を離し、たっぷりと唾液で濡らした亀頭を指先で撫でる。それだけで山岡の下腹部が締まり、長谷川は嫣然と裏筋を爪先で引っ掻いた。 「ン、んぅ、っ、ぁ……、ぁ、ぅ、あっ」  勢いよく、断続的に飛び散る白濁。山岡はあまり率先して自分で行為に及ばないため、吐き出す蜜の色が濃い。ドロリとしたものが顔にかかる。腹の底でほくそ笑んだ。 「す、すみません! どうしよ……っ、あの、ホントにごめんなさい……っ」  今にも泣き出しそうな顔で慌てている山岡に目を細め、体を起こす。青いのか赤いのか分からない可愛い顔の前で、滴り落ちる白濁を親指で唇に運んだ。そこになんの躊躇もない。  山岡の眼前で、わざと舐め取る白い体液。大きな目が益々見開かれた。一瞬でとことん真っ赤になり、眦に涙が溜まる。最高に可愛い。 「く、口に入れなくったって……っ」 「確かめたくてね」 「何を、ですか?」 「駄目だとは言わないけど、僕がいるならする必要はないだろう?」  一人でするくらいなら自分に抱かせろと暗に言われ、山岡が唖然となる。素直な山岡は、至極真面目な顔をして恋人同士はそういうものなのかと尋ねてきた。 「そうだよ。だから一緒に気持ち良くならなきゃ。分かった?」  ぎこちなく頷く山岡が可愛い。驚いている顔も愛くるしくて、可笑しくて、何もかもが最高だった。よく言えば素直。悪く言えば無知。恋愛に対して無垢に近い山岡を、じわじわ自分色に染め上げていく快感はたまらない。だが、履き違えてはならない。間違えてもならない。長谷川は、あくまでも選んでもらった側の立場。当の山岡はそんなこと決して思っていないだろうが、これの事実は大きい。  ソルーシュという安息を手にした山岡には逃げ場があり、長谷川に頼らずとも自らの足で立って生きていける。これは強みだ。長谷川は既に山岡なしでは生きていけないが、彼は違う。  少しずつこの差を埋めていくつもりだが、山岡を見つけ出すのに時間がかかり過ぎた。何故自分は日本にいなかったのだろうと悔やまれてならない。いい年をしてこんなにも夢中で。年甲斐もなくこんなにも必死で。誰かに奪われたらどうしよう、だとか。誰かも触れさせたくはない、だとか。そんな思考で一杯になる。怖いのだ。とても。 「……絶対、俺以外としちゃ駄目だよ」  小さな体を抱き締めて、零れた本音。 「隼人さん……?」  おかしなものだ。職場の例の新人のような子ならどれだけでも余裕でいられるのに、山岡相手だとそうもいかない。笑ってサヨナラしてきた遊び相手とは何もかもが違っていて、正真正銘の本物の恋には戸惑うことも多かった。一番見せたくない相手に、こんなにも情けない姿をさらけ出してしまうくらいだ。 「捨てないでね?」  冗談めかして頬にキスしたが、かなり本気の台詞だった。 「っ?」  視界が天井を向く。どこにそんな力があるのか、山岡が強引に長谷川を引っくり返して馬乗りになってきた。驚いて目を瞬いていると、そこには怒った顔。何を間違ったのかが分からず、長谷川は怒った顔を眺めていた。 「なんなんですかっ、さっきから! 俺が生半可な気持ちで好きになったとでも思ってるんですかっ? 何が俺以外だっ。捨てないでだ! 言っときますけど、絶対に手放してあげませんからね! おじいちゃんになっても傍にくっついてます!」  フンッ、と鼻を鳴らす山岡に、長谷川は唖然となる。まさかの叱咤に目を丸くし、少し信じられないような表情で尋ねた。 「……おじいちゃんになっても、傍にいてくれるの?」 「当たり前でしょうっ? 今度あんなこと言ったら、祝言はあげませんし白無垢も着ませんからね! 泰造さんたちにも披露宴はナシだって言います!」  沈黙が落ちる。長谷川は山岡の剣幕と台詞に心底驚きながら、率直な疑問を山岡にぶつけた。 「白無垢……着てくれるの?」 「は?」 「いや……だから、白無垢」  初耳だ。いつそんなことになったのだろう。長谷川の質問に山岡は急に狼狽え出して、滝川がどうのと小さく言い淀んだ。なるほど。犯人は滝川か。 「ぁ……の、……それが泰造さんの夢だって、滝川さんに言われて……。俺は男ですけど……、隼人さんも……そういうの好きなら……いい、かなって」  体を起こして腰を抱き、真っ直ぐに山岡を見る。自分の発言が恥ずかしかったのか分かりやすく赤面してゆく山岡。そんな彼を信じられない面持ちで見つめ、沸々と沸き起こる感動に胸がいっぱいになった。 「俺のため?」 「……ですよ。なのに、なんで捨てるとか言うんですか」  拗ねたように詰られ胸が熱くなる。もしかしなくてもちゃんと愛されていた。こんなに嬉しいことはない。 「ありがとう。……凄く嬉しい」 「で、でもっ、ですね! アレは嫌です。あの、昔の日本髪みたいなの」 「ああ、あのカツラか。じゃあ、角隠しだけにしようか」  カツラなしで角隠しが様になるのかは分からないが、その辺は追々で良い。無言で頷く山岡に目を細め、当たり前のように将来の話ができる幸せを噛み締めた。すっかり不安は吹き飛び、長谷川はそのまま彼をもう一度ベッドへ押し倒す。 「……続き、いいよね?」  笑顔で切り替えて、素早くジェルを取り出し手に取った。山岡が焦っている間に襞を割り、丁寧にかつ迅速に解してゆく。あっという間に指が三本。甲高く喘ぐ唇と薄紅色の頬。玉のような汗が山岡、長谷川、双方に流れ落ちる。  もう一秒も待っていられない。早くこの体と繋がりたい。覚えたての十代でもあるまいし、何をそんなにがっついているのか。自分でも滑稽なほど渇望していた。と同時に、相手は山岡なら無理もないとどこか冷静な部分が笑っている。彼の前ではデキのいい大人の仮面は崩れ去り、上手く繕えない。失望されたくないくせに、こういう自分も受け入れて欲しいと思っている。我儘なことだ。  手早くコンドームを手にして装着し、ヒクついている襞に宛がった。 「ン、ぁ……ッ」  ぬるり、亀頭が襞を割る。一番太い部分を受け入れて山岡の体が無意識に逃げた。痛いかと尋ねるが、彼は小さく顔を横に振った。 「なんか、そこ……」  ああ、と納得して浅い箇所にある前立腺を擦る。ほんのわずかに盛り上がった部分をカサで引っ掻いてやると、特に感じるのか腰が高く浮いた。感じ入ったように目を閉じ、薄く開いた唇から濡れた吐息が零れる。  今日は例の薬は使っていない。まだまだ未開発な体だ。痛みや苦痛は体を委縮させ、行為自体を嫌厭させる。両足を抱えてゆっくりと動きながら、長谷川はなるべく快感だけを追わせた。奥まで入れて突き上げたい衝動はあるものの、今は山岡が気持ち良さそうにしてくれているだけでいい。  屹立を一緒に扱きながら律動していると、きつく内壁が締まり長谷川の屹立を強く締め付ける。 「は、ぁ……ッ、ぁ、ぁ、ぁっ、ぁンン、ぅっ」  締まる内壁を押し拡げて抽挿する肉棒。それが予想以上に快感で、柔らかな内壁に擦られる愉悦に目を眇めた。気持ちがいい。山岡の声が情欲を刺激し、あられもなく乱れる姿に息が上がる。何より彼の体内に押し入れた屹立から伝わる快感の、また凄まじいこと。誰を抱いてもどこか冷めていた自分に教えてやりたいくらいだ。涙が出そうなほど愛おしい。名前を呼ばれるだけで高揚する。自分は、どれだけ幸せ者なのだろう。 「隼人、さ……ん、っ」  ぎゅ、と抱きついてくる山岡に目を細め、小さな体を抱き締めた。 「大丈、ぶ……、ぃ……い、よ」 「尚?」 「奥、もっと……きて」  ペロリ、頬を舐められて微かに目を瞠る。気付いていたのか。セーブしていたことを。侮っていた。微苦笑を浮かべて汗ばむ肌を啄む。耳朶を甘く噛んで、膝を抱え直した。 「痛かったら、ちゃんと言うんだよ」 「ん……、ん」 「苦しかったら、自分で扱いてね?」 「へ、き」  体を起こし、両手をシーツについて腰を押し付ける。まだまだ狭い内壁を拡げて、切っ先が行き止まりに届くほど深く挿入した。一生懸命、息をしている山岡の様子が可愛い。自分のために頑張ってくれているのだと思えば益々愛おしく感じる。 「ぁ、ぅン、ッ……ぁ、ぁ、奥……っ」 「そうだね、当たってるの分かる?」  律儀に頷く山岡を揺さぶりながら、案外痛がらない彼に少々驚いていた。初めのうちは痛がると思っていただけに、これは嬉しい誤算だ。抽挿が止まらない。段々と長谷川の目も鋭くなり、肌を打ち付ける音が大きくなる。甘い鳴き声をもっと聞きたくて、今にも弾けそうな屹立を握った。腰を揺さぶりながら扱けば内壁が一層強く締まり、蠕動し始める。 「……っ」  長谷川の精を搾り取ろうとする淫猥な内壁。こちらも予想以上。相性がいいのかなんなのか、一気に持っていかれそうになる。前回も似たような感覚だったが、今回はもっと強い。 「尚……、なお、っ」 「ぁ、ぅ……っ、ぁ、ぁああっ、ぁ、い、……気持ち、ぃ、っ」 「奥、気持ちいいね……?」 「ん、っ、ン……い、そこ、……奥、もっと……ぉ、っ」 「可愛いね、素直な尚が大好きだよ」 「隼人さん……、隼人さ、ん……っ ぁ、ぁ、ンンっ、ぁ、……いい、っ」  内壁を突き上げられて快感を抱く山岡と。内壁に締め付けられて快感を貪る長谷川。お互いがお互いで最高に気持ち良くなっている、この幸福感。胸も体も、とにかく熱い。もっと欲しくて。もっと重なり合いたくて。もっと愛し合いたい。 「ンぅ……っ」  噛みつくようなキスが山岡の嬌声を塞ぎ、そのまま一層荒々しく律動した。ベッドが大きく軋むほどのそれは、互いの腹の間で震える山岡の屹立を弾けさせる。  イった瞬間、内壁がこれ以上になく蠕動し始め長谷川を包み込んだ。我慢することもなく、抗うこともなく、グッと下腹部を引き締めて最奥へ押し付ける。山岡の体内で薄いゴム一枚。ビクビクと吐き出す体液。深い愉悦を全身にかけ巡らせながら、長谷川は可愛い唇を舐め啜った。 「ン、ぁ……んんぅ」 「尚……もっと舌出してごらん」  角度を変えて舌を絡ませ、互いに抱き合って唇を貪る。このまま二回目に挑むつもりで、新しいゴムの数を頭の隅で数えていた時。山岡の腹が盛大に、鳴った。隠しようもない、空腹の訴え。両手で顔を隠して震えている山岡に、堪えきれず噴き出してしまう。悪いとは思ったが、我慢できなかった。最高のタイミングだ。 「お腹空いたね」 「……ハ、イ」 「シャワー浴びたら、ご飯にしようか」 「……ずびばぜんっ」 「な、尚。そんなに気落ちしないで、ね?」 「ぐぅぅ……っ、俺のばかやろぉっ」  涙声の山岡をあやしつつ、長谷川は屹立を引き抜く。仕舞っていたタオルで体を拭いてあげながら、背中を丸めて落ち込んでいる山岡の肩にキスをした。やっぱり彼は最高に可愛い。
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