長谷川×山岡編

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「ぁ、ん……っ、ぁ、ぁ、ぁ、ぅぅ、や……っ」  ぐずぐずになりながら涙を流して快感に溺れる可愛い子。ちらっと空を見上げれば、そろそろ地平線が輝き始めている。軽く揺さぶれば最奥から溢れる長谷川の体液。二度出して、これが三度目。長谷川の、三度目だ。  一方の山岡はもう無理だと泣きごとを口走るくらいには疲弊しており、下肢は自身の白濁でしっとりと濡れている。眦から溢れる大粒の涙。頬は紅色し、薄く開いた唇の隙間から聞こえるのは、くぐもった涙声。呂律が回っていないが、どうやら長谷川を詰っているようだ。赤い鬱血の痕が全身に散り、散々舐め啜った胸の突起はぷっくりと盛り上がっている。  山岡のものと長谷川の者のお陰で滑らかに動く屹立が、触れると泣いてしまうようになった最奥を突いた。 (そろそろ……、できそうなんだがな)  もう嫌だと逃げる山岡の体を抱えて、膝の上に乗せる。 「っ、ぁ……や、だっ」 「最後にこれだけ頑張ってみようか」 「やだってば……っ」  力なく長谷川の胸を叩く仕草に、長谷川の顔が思ずにやけた。今の顔は見せられないなと思いつつ、首筋に顔を寄せ甘く噛みつく。もうそれだけ感じるのか、山岡が腰を微かに揺らした。長谷川の首に腕を回して、体を預けてくる。  嫌だと言いつつも長谷川にくっついてくる山岡に顔が締まらない。もう本当に可愛かった。一回り近く違う年齢と一回り以上小さな体。出会った頃は今より随分と細く、顔色も悪かった。  栄養状態が悪いせいで髪はパサつき、目の下には濃いクマ。何より本当に細かったのを覚えている。あまりに細すぎて痛々しかったくらいだ。  律子以外の何者にも心を開かず、目も合わせず、ただひたすらに殻に閉じこもっていた。あの家庭環境で健全に笑顔でいろなど到底無理なことだ。よく今日この日まで壊れずにいてくれた。生きていてくれた。  山岡との出会いは律子が入院していた病院。初めは関わり合うつもりなどなかった。当時は組を解散して間もなく何かと騒がしい時期で、祖父と義母の確執が修復不可能なほどこじれていた。  泰造は長谷川を守るために義母を遠ざけ、義母は親権は自分にあると譲らなかった。法的には事実そうであったが、逃げたのは長谷川だ。後悔はしていない。だいたい既に成人した身だ。親権も何もないだろうに、義母はとにかく長谷川と縁が切れることを拒んでいた。 (……尚)  長谷川にしがみ付いている山岡を抱き締め、愛おしそうに顔を寄せる。可愛い。心底可愛い。愛おしいとは、こういう感情を言うのだろう。 (ありがとう、尚。君は覚えていないだろうけど、本当に感謝してる)  あの日のこと。長谷川の目を覚まさせてくれた。忘れられてしまったのは悲しいけれど。あんな無様な姿は、なかったことにしたい。この年になっても、好きな子の前では格好つけていたいものだ。  まだ律子が生きていた頃。山岡が、山岡家に縛られていた冬の日。  長谷川は、いつものように泰造のプレゼントを律子に届けに来ていた。  ◆ ◆ ◆ 「はぁ……」  重く深く吐き出したため息が、いつになく苛立っている。喫煙所に逃げ込んで、十分。上手く火が付かず、それだけのことに舌を打つ自分にまた苛々してしまう。  今日は朝から散々だった。未だに纏わりつく、きつい香水の匂い。シャワーを浴びてくればよかったと顔を顰めるが、今更どうにもならない。義母が職場までやって来て、追い返すのに気力も体力も使い果てた。その上、泰造のお使いだ。やっていられない。  父の看病を献身的にこなしていた実母が事故で亡くなり、父はショックのあまり体調を悪化させた。長谷川がまだ小学生に上がる前の頃だ。実母はハーフで、長谷川の髪や目の色が明るいのはそのせいである。  正直、母親のことはあまり覚えていない。あの写真立ての中で微笑んでいる実母の顔が、長谷川の母に対する記憶の大半だ。長谷川は母を早くに亡くした。交通事故だった。妻を失った父の悲嘆っぷりは予想以上で、食事どころか眠ることもままならない状態だった。昏睡状態にまでなった父を、誰もがもう助からないと嘆いていた。そんな時に現れたのが義母だ。  実母が生きていた頃にもよく来ていたが、その比ではない。自ら率先して父の世話を焼き、長谷川の面倒を見てくれた。母を失って悲しみに暮れる長谷川を、献身的に支えてくれたのが義母であった。  義母は、父を好いていた。初恋だったそうだ。ずっと想っていた相手だったが、片思いの相手は皮肉にも自分ではなく双子の姉と愛した。義母は色々話してくれた。父が病弱なため子供は望めないと医者から言われていたことや、奇跡的に長谷川を妊娠したこと。長谷川が生まれた時は、父が泣いて喜んだことなどを。  あの頃は、幸せだったのだろうと思う。残っているアルバムの写真でも、長谷川は子供らしい顔で無邪気に笑っているからだ。  父は、義母の存在に持ち直した。しかし彼は、義母のことを実母の名で呼んだ。朦朧とする中で母そっくりの女性が現れたのだから、父が勘違いするのも無理はなかった。義母は笑顔で返事をしていた。父が義母を本当に実母と思っていたのかは分からない。彼は死ぬまで、ただの一度も義母の本名で彼女を呼ばなかった。まるで妻が死んでしまったことを忘れたかのようであった。義母はそれでも幸せそうに笑っていた。  その健気さに祖父が心を痛めていた中で、義母はどうやって書かせたのか父との婚姻届を役所に提出していた。それが判明したのは、父が死んだ後だ。  祖父は驚愕していたが、七年もの間、父をずっと看病してきたのは義母だ。姉の名で呼ばれても、彼女はただ笑顔であった。そんな義母に周囲が何かを言えるわけもなく、結婚していたことは特に深く追求されることもなかった。  七年も一緒に住んでいれば愛情も芽生えているだろうと、泰造は長谷川のことも大して心配もしていなかった。実の親子ではないとはいえ、叔母と甥の関係だ。しかし、それがそもそもの間違いであった。 (……頭が痛い)  ここ最近しつこいせいで食欲も沸かない。これでは仕事に支障が出ると分かっていても、何を食べても味がしなかった。  長谷川の心に歪が入ったのは、父の死後。長谷川が中学に上がってからのことだ。元々身長は高い方だったが、中学二年に上がる頃には百八十を超えていた。その頃から顕著になり始めていた違和感。それを気持ち悪いと自覚した途端、どうしても受け付けなくなっていた。  最初は死んだ父に自分を重ねているのだろうと思った。哀れな人だとは、子供心に思っていた。父に本当の名を呼んでもらえず、実母のフリをしなければならなかった義母。何故そこまでと思わなくもなかったが、義母が笑顔でいたので尋ねることはしなかった。  だが、父が死んで、長谷川を見る目が明らかに変わった。女を意識した服装や言動が、ただただ気持ち悪かった。愛する父を失ったせいだと自分に言い聞かせ、母と慕ってきた十年近い年月が足枷となって冷たく突き放すこともできずにいた。 (……っ)  今も思い出しただけで吐き気がする。口を押え、近くのトイレに駆け込んだ。吐き出したものは胃酸だけで、何もない。当たり前だ。昨日から何も食べていないのだから。  無理矢理冷たい水で顔を洗う。それでも嫌悪感が拭えず、長谷川はきつく眉をひそめて歯を食いしばった。  中二の夏。長谷川は、義母に襲われた。それまで何度も無断で部屋に入り、長谷川の私物を漁る義母に嫌気がさしていた。自分のことを「母さん」ではなく名前で呼ぶように強要されることも本当に気持ち悪かった。誰にも相談できずにいたが、危険信号はすでに背後で点滅していたのだ。  長谷川は恐怖で動けなかった。どれだけ体が大きくなろうと、まだ中学二年生。十四歳だ。怯える長谷川に、彼女は笑顔で迫った。母とまったく同じ顔で迫られる嫌悪感。叔母と甥は法的にも決して結ばれてはならない。何よりさっきまで母さんと呼んでいた人だ。  あまりの嫌悪感に長谷川は、吐いた。触れられた箇所がひどく汚く思えて、眩暈がした。どうやって、逃げたのかはほとんど覚えていない。ただ必死に走ったことだけは覚えている。祖父の自宅まで、一時間弱。真夜中の街を、長谷川は裸足で走って逃げた。    叫びながら駆け込んで来た長谷川を、泰造は驚きはしても受け入れてくれた。少しだけ、安堵に泣いていたのだと思う。長谷川は、泰造や滝川に全てを話した。  ずっと、義母に迫られていた、その事実を。 「……ッ、ゲホ、ゲホッ」  泰造は驚嘆し、怒り狂った。滝川は多くを語らず、長谷川を風呂に案内してくれた。温かいお湯に浸かると、また涙がこみ上げてきた。目が腫れるほど泣き、何故こんなことになったのかと自分を責めた。自分の態度が何かおかしかったのかもしれない。だから義母が変になったのだと。あれだけ父を愛していた義母に、父の面影を追わせてしまったこの顔が一気に嫌いになった。  その後、怒る泰造は連れ戻しに来た義母と親権を巡って争い、既に十四歳になっていた長谷川の意思が尊重され泰造のもとで養育されることになった。義母が実の母親でなかったことも大きかった。何せ、原因が原因である。  その後しばらくは護衛がつき、義母には滝川たちの監視がついた。徹底的に義母から遠ざけられて長谷川の心も落ち着きを取り戻していったが、義母は諦めてなどいなかった。  高校の卒業が間近に迫っていた春。航空大に進学するため荷造りをしていた日のことだ。近くのコンビニに行こうと家を出た長谷川の前に、突然義母が現れた。ひどく痩せこけていたが、間違いなく義母であった。  あれ以来、何事もなく過ごせていたため義母ももう諦めたのだと思っていた。それが自分の間違いだったと気づいた時には、義母は長谷川を抱き締めていた。  だが彼女は、自分のことを母さんよ、と言った。母だと。涙ながらにあの日のことを謝罪し、父が死んで寂しかったのだと頭を下げた。もう立ち直り、長谷川のことは息子だと思っていると笑った。義母は言った。無理に会いに来てすまないと。今後はこんなことはしないから、せめて連絡先だけでも教えてくれないかと。  情が、あったのだろう。残っていたのだ。長谷川の中に。七年間で培われた親子の情が。    長谷川は、断れなかった。 「ゴホゴホッ、ゴホゴホ……ッ」  その結果が、これだ。息子だなんて嘘だった。徐々に長谷川に執着し始め、自分を母だと名乗りながらも女の顔でそこに立つ。母親に対する感情はこんな吐き気がするものではないはずだろうに、どこで間違ったのか。  泰造たちにこれ以上心配をかけられない。成人した。いい大人だ。自分でなんとかすると告げて数年。その実、何も進歩していない。 「……大丈夫、ですか」  差し出された白いハンカチ。その端が視界にちらつく。見切れているのは、それだけ距離があるからだと、顔を上げて気づいた。少し離れた先。一生懸命に手を伸ばし、体を引いたままハンカチだけをこちらに寄こす学生服の子。  顔を背けている。差し出した手が震えている。どれだけ彼にとって勇気がいることであったのか、長谷川にも分かった。何故なら長谷川は彼を知っている。今日、見舞いに来た律子の病室にいたからだ。事情は泰造から聞いていたので頭には入っていた。  律子の孫。血の繋がりのない、哀れな子。律子の姿がちらついて無下にもできず、ハンカチを借りる。そういえばさっき病室で写真を撮ったのだった。長く会えないでいる泰造に頼まれたのだが、丁度その場にいた山岡も中に入った。長谷川と律子、律子と山岡。看護師に頼んで写真を撮ってもらった。三人では撮れなかった。山岡が写真を嫌っており、どうにか祖母とだけならばと一枚撮ったのだ。 「それ、使い終わったら捨ててください」 「え?」  それだけを言うと、彼はさっさとトイレから出て行った。誰かにこんなにそっけなくされたのは初めてで、長谷川は困惑する。彼のことを適当に慰めて、励ましておこうかと思っていた矢先であったので本当に驚いた。 「ま、待ってくれ」  無視される。聞こえているはずなのに、振り返ることを彼はしなかった。ショック、というよりはただただ驚いていた。この顔とこの体躯に生まれて、長谷川が初めて体験するそっけない態度。こんなにも自分に興味がない人間がこの世にいるのだと知り、勝手に足が動いていた。 「待って、山岡くん」 「……。……なんですか?」  振り返るなり、心底迷惑そうな顔でそう言われる。長い前髪のせいで目が隠れているが、素材は一級品だ。黒い瞳が前髪の隙間から睨んでいる。不躾なほど不機嫌な表情が、まるで野良猫のようだと思った。 「えっと、帰るならお礼に送って行こうか?」 「結構です」  そっけない。そして再び背を向けて歩いて行ってしまう。  なんだろう。この感覚。この感じ。自分でもよく分からなかったが、気づけば彼を追いかけていた。不意に山岡が足を止める。長谷川を睨むようにして見上げ、真っ直ぐに来た道を指差した。 「駐車場は、逆方向です」  その通りだ。この先は長谷川が車を停めている駐車場ではない。帰るなら引き返すべきだ。そうだと分かっていても足が動かない。それなのに山岡はスタスタと先に行く。長谷川に見向きもしない。  また声をかけたら今度はどんな反応をするだろうか。もう怒っているので、怒鳴るかもしれない。怒鳴る時の顔はどんな表情なのだろう。もっと目を見ることができるだろうか。前髪が邪魔だ。せっかくの顔がもったいない。 「は、話を……しな、い?」 「しません」 「バス停まででいいから」 「嫌です」  拒否。拒絶。隠そうともしないそれに、長谷川は困惑して口を押えた。久しく感じたことのない焦りを胸に、どうすれば彼が立ち止ってくれるのかを必死に考えた。 「ちょ、ちょっと……。また、吐きそうなんですか?」  それを勘違いした山岡が、途端心配そうな顔になって近づいてくる。手のひらで隠された唇が、驚きとともに歪んだ。そうか。こっちか。そう頭の中で切り替えて、小さく咳き込んで見せる。 「ごめん……、座るとこ、あるかな」 「はい、そっちにベンチがあります」  ふらつく体を彼は何の躊躇もなく支えてくれた。触れる体温にドキリとして、勝手に手を握っていた。弱っているように見えるのか、彼はそれを振りほどかなかった。  優しい子だ。弱っている人間を放っておくことができない性格なのだろう。家の事情は知っているつもりだが、勝手に憐れんでいた自分を恥じた。 「……ありがとう。ごめんね。心因性のものだから、落ち着けば平気だ」 「心因、……そう、ですか」 「義母が、苦手なんだ」 「お義母さん?」  この話を、泰造や滝川、叔父以外に話すのは初めてだ。初めて自分の口から、今日初めて実際に会ったばかりの子に話して聞かせる。何を考えているのだろう。自分でも自分がよく分からなかったが、彼はその間ここを離れないと思った。  長谷川は自分の過去を、使のだ。  吐き出すようにして、ありのままを話して聞かせた。何一つ、隠さなかった。もう少しオブラートに包むつもりだったのに、話し始めたら止まらなかった。山岡が真剣にこちらを見て、話を聞いてくれていたからなのかもしれない。  話し終えて落ちた沈黙。嫌なものではなかった。どこかスッキリした。  長谷川は山岡の手を握ったままだ。山岡も気を遣っているのか、振りほどくことはしない。そんな些細なことが、妙に嬉しかった。 「……それ、逃げた方がいいんじゃないですか?」 「逃げる?」 「身内だろうがなんだろうが、逃げていいと思います」  自分が逃げるなんて、考えたこともなかった。無意識に彼女に関することを諦めていたのだろう。何をしても、無駄だと。  他人にそう言われて、何故これまでその考えが浮かんでこなかったのか疑問に思うほど、ストン、と腑に落ちてきた。  そうだ。逃げればいい。あの女から。  こんな簡単なことを考えられなかっただなんて。  山岡を見る。君も、そうするの? 喉元まで出かかった台詞は、寸前で飲み込んだ。それを尋ねていい間柄ではない。彼はまだ長谷川を信頼していない。長谷川は山岡のことを知っていたが、彼は長谷川とは初対面に近いからだ。 「パイロットなら、海外に行けばいい。引く手あまたでしょう」 「海外……、か」 「早々に結婚するって手もありますが、それだとお義母さんを刺激するでしょうし。海外で結婚して、戻ってこなければいいんですよ」  そう言って山岡は長谷川から手を放してベンチから立ち上がった。 「落ち着いたようなので、もう行きます」  自分の手からすり抜ける細く小さな手。急に背筋が凍った。全身の体温が奪われるような感覚。咄嗟に掴んだ腕の細さに目を瞠る。強引にその手を払われ、山岡の手が長谷川の頬に当たった。ほとんど頬を殴られたに近い。  振り払った反動で前髪が散り、山岡の瞳が露になる。クマが酷い。だが、そこにはゾッとするような美しさと愛らしさが共存していた。息が詰まる。睨んでくる彼から目が離せず、長谷川は食い入るように魅入っていた。  瞬間。脳裏の奥。脳髄の更に奥で。何かの焼き焦げる音を、聞いた気がした。 「すみません。でも、好きじゃないんです。触られるの」  さようなら。にべもなくそう告げて、今度こそ山岡が去って行く。  打たれた頬に触れた。熱い。目が覚めた気分だった。と、同時に腹の底に奇妙なものが広がる。とてもではないが口では言い表せない、どす黒いものだ。  スマートフォンを取り出し、さっき撮ったばかりの写真を見る。律子と山岡の写真だ。律子の隣だというのに、山岡はにこりともせず俯き加減だ。   (嗚呼……)  喉が鳴る。低く喉の底で笑いが零れた。弱っていた時は手を握っていてくれたくせに、もう振り払われた。親身に相談にも乗ってくれたのに、呆気なく去って行く。なんて、つれないことだろう。    遠くなる後ろ姿。ジッと睨むように、隠すこともなく長谷川は爛々とした目で山岡を見つめていた。  頑なに義母の名を呼ばなかった父も。長谷川に執着し続ける哀れな義母も。こんな感情(キモチ)だったのだろうか。  手段なんてどうでもいい。周りなどどうでもいい。異常なまでの高揚感が全身を覆い、異様なまでの渇きが長谷川を支配している。欲しいのだ。あの子が。あの子だけが欲しい。そのためならなんだってしよう。  長谷川は微笑んだ。そっと写真の彼に口づける。  それには、先に邪魔になりそうなものを片付けなければ。彼のアドバイス通り、海外で処分するとしよう。でなくば、あの女が山岡に気付けば傷つけるかもしれない。  親愛の情などどこかけ消えうせてしまったかのように、長谷川は淡々とスマートフォンを操作して電話をかけた。ゆっくり、踵を返す。嫣然と清々しいまでの悪意に満ちた微笑み。それを浮かべて、電話に出た相手に口を開いた。優しい声であった。 「もしもし、母さん? ん、そう。……あのさ、ちょっと相談があるんだ」
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