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議員の死
省蔵のもとを訪ねてくる国会議員の一人が塩見大介だった。大臣を何度か務め、次か、その次の首相候補と言われている人物だった。
若い頃から省蔵に心酔し、政治の師匠と省蔵を尊敬していた。地盤も金もなく、ゼロからのスタートでここまで登り詰めたのは、省蔵の支援によるものと本人も認めていた。
ところが最近、五月がテレビで見る彼は、総裁選挙を意識してか、古い政治手法を批判するようになっていた。新しい時代を担うにふさわしい、新しい感覚を持った政治家への変身。それはつまり省蔵をも否定するものだった。
省蔵のもとを訪れる回数は減り、来ても応接室からは険悪なムードが漂ってきていた。
「やあ、五月ちゃん」
五月が学校から帰ると、屋敷の少し手前に運転手付きの黒い高級車が停まっていて、後部座席から塩見が声をかけてきた。省蔵との面談が終わったのか、硬い表情をしている。ひと悶着あったのは明らかだった。
「塩見さん、こんにちは」
「その、五月ちゃんは知ってるかな?」
何か思い詰めた様子の塩見は唐突に切り出した。
「え? 何をですか?」
「お祖父さんの持っている壺のこと」
「壺?」
壺といえば、ヒタムダクンの壺のことだと五月は思った。ああ、と五月の表情が変わったのを塩見は見逃さなかった。
「あれをこっそり持ちだせないかな?」
「えっ? あの壺を? 」
五月が戸惑うと、「いや、いいんだ。今話したことは、お祖父さんには内緒にしてね。じゃあ、失礼するよ」と塩見はぎこちなく笑い、車は去っていった。
なんとなく引っかかりながら五月は帰宅し、祖父の部屋に帰宅の挨拶に行った。祖父は機嫌が悪そうだったが、五月を見ると無理に微笑んだ。
「おかえり、五月」
「ただいま、お祖父様。今、塩見さんが来ていた?」
五月が聞くと、省蔵は少しむっとした顔をして「どうしてわかる?」と聞いてくる。
「家の前から車が去るのを見かけたの」と取り繕った。
すると省蔵は、「あいつは出入り禁止にした」と、今まで見たこともない冷酷な表情で答えたのだった。
五月が部屋を出て扉を閉めるとすぐに、祖父が誰かに電話をするのが聞こえた。思わず立ち止まって聞いていると、祖父は「今夜来てくれ。壺を使いたい」と言った。
その夜、なんとなく胸騒ぎがして五月は遅くまで寝付けなかった。
深夜、屋敷の前に車が停まる音がした。部屋の窓から見下ろすと、月明かりの下、黒い車から二人の男の影が屋敷の中に入るのが見えた。
二人の背格好が狭間親子に見えた──。
翌朝、五月が省蔵と共に朝食を摂っていると、扉をノックして秘書が食堂に入って来た。
「先生、ニュースをご覧ください」
そう言って、秘書自らテレビを付けると、臨時ニュースが入ったようで中継画面が映っていた。
塩見大介の突然死を報じるものだった。
塩見の私邸前からの中継で、門の前には既に大勢の新聞記者やカメラマン、テレビカメラが集まってきていた。
「う、うそ」
五月は驚いて目を瞠った。昨日会ったばかりなのに──。
その時、祖父がふっと笑みを浮かべたのを、五月は見逃さなかった。
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