東屋の思い出

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東屋の思い出

 幼い頃、祖父の屋敷の庭の、薔薇のトンネルをくぐって行った先にある東屋が、五月(さつき)のお気に入りの遊び場だった。  その日も東屋で一人で遊んでいると、こつっと足音がして五月は振り向く。  中学生なのか、紺色の学ランを着た少年が立っていた。  陽に灼けた褐色の肌にブルーがかった黒い瞳、黒いさらさらの髪の毛で、大人びた表情をしていた。 「あなたは誰?」  五月は尋ねる。 「僕は君の友達だよ、五月ちゃん」  そう答えた彼は、とても悲しそうな表情をしていた。やがて彼は五月に何かを差し出す。 「これをあげる。持っていればきっと君を守ってくれるよ。君は聖なる数字を持って生まれた子だからね」  そう優しく言われて、五月は素直に手を出し受け取った。  それは大人の親指位の小さな木彫りの人形だった。  円錐形の胴体に丸い首があり、切れ長の目、薄く赤い唇がにやりと笑い、身体の部分は曼荼羅模様のように彩色されていた。明らかに日本の物ではない、エキゾチックで少し不気味な感じがした。 「怖い」  子供心に感じた気持ちを正直に言うと、少年はふっと笑う。 「怖くないよ。ほら」  少年はそう言うと、掌で人形を覆って何か呟く。そして掌を外すと可愛い兎に変わっていた。 「えっ? どうして? 手品?」  五月は驚きの声を上げて少年を見る。 「ね、これなら大丈夫だろ? この兎が君を守ってくれるよ」  その時、「お嬢様、五月お嬢様──!」と、五月を呼ぶ声がした。 「もう行かなきゃ」 「うん、じゃあまたね」  少年が言う。 「ありがとう! またね」  五月は答えると、人形を握りしめ声の方へ走って行った──。
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