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祖父
田原五月はもうすぐ十八歳、私立の女子高に通う高校生だ。
五月は幼い頃、両親を車の転落事故で亡くし、母方の祖父の家に引き取られ育てられていた。
祖父である田原省蔵の屋敷は、かつてはなんとか様とかいう旧華族の邸宅だった所を改装したもので、煉瓦造りの立派な洋館だった。庭には四季折々花が咲き乱れ、専属の庭師もいた。
祖父は経営コンサルタント会社の会長という肩書を持っていたが、いわゆる政財界に顔が利く黒幕とでもいう存在で、その屋敷には毎日多くの人が陳情や相談に訪れていた。
外では大変厳しい顔を持つ祖父だったが、五月には甘く優しく、そんな祖父の庇護のもとで五月は幸せに暮らしていた。
学校から帰るとまず祖父の部屋に挨拶に訪れるのが五月の習慣だ。
しかしその日は使用人の一人に、「五月お嬢様、今、旦那様にお客様が」と言われ、一旦自分の部屋に戻った。
夕方になりそろそろいいかなと祖父が仕事で使う応接室に近付くと、まだ来客がいるようで部屋の中から笑い声が聞こえてきた。
引き返そうとした五月だったが、その姿が扉のガラス越しに見えたようで、「五月か? 入りなさい」と祖父の声がした。
「はい」と答えて扉を開けた。
省蔵の座るソファの向かいには、出入りの骨董商の狭間が座っていた。
いつも彼は一人で来るのだが、今日は珍しく連れを伴っている。狭間の座るソファの後ろにニ十歳前後の若い男が立っていた。
褐色の肌に吸い込まれそうなブルーがかった黒い瞳、どこかエキゾチックな雰囲気の美しい青年だった。
どこかで会ったことがある……。そう感じたが思い出せなかった。
「こんばんは。狭間のおじ様、ご無沙汰しています」
五月が頭を下げると、狭間がにっこり笑った。
「お久しぶりですね。少しお見かけしないうちにとても大人っぽくなられました」
笑顔の狭間だったが目だけは笑っておらず、人を見透かすようなその目付きに五月は背筋が寒くなった。
「亜蘭君、孫の五月だ」
「五月、こちらは狭間君の息子の亜蘭君だ。大学生だそうだから歳が近いだろう。仲良くしてもらいなさい」
省蔵が紹介し、二人は互いに頭を下げた。
五月は省蔵の隣に座る。テーブルの上には、小さな壺が置いてあった。
「これはなあに?」と誰ともなしに聞く。
狭間は世界中の珍しい骨董品を集め、省蔵が興味を持ちそうなものを時々持ってきていた。
「ヒタムダクンの壺と言いまして、お祖父様のお言いつけで十年以上前に東南アジアで買い付けたものです」
狭間は誇らしげに言うと、省蔵が居心地悪そうに咳払いした。
「ちょっとメンテナンスをしておりまして、お返しに上がりました」
高さ十センチにも満たない小さな、黒い陶器の壺だった。小さな蓋が付いていて茶壷のような形をしている。
「なんだか気味が悪い」
五月は思わず口にした。
何か禍々しい雰囲気があった。
「ほう。五月さんは感受性が強いのですね」
狭間が目を細める。
「決して触るんじゃないぞ」
省蔵が言う。
省蔵はこういったものを書斎に並べている。気味が悪くて、五月は祖父の書斎にだけは決して近付かなかった。
「五月、亜蘭君を庭に案内しておいで。ちょっと狭間君と話があるのでな」
省蔵にそう命じられ、「こちらへ」と五月は亜蘭を庭に誘った。
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