壺使い

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壺使い

 隣の部屋をそっと出た五月は、庭の東屋に逃げ込んだ。 ── もし何か困ったら、その人形に祈ってください。僕が駆け付けます ──  亜蘭の言葉を思い出して、人形に向かって祈った。  どの位時間が経ったか、誰かが近付いてくる音がし、薔薇のトンネルを抜けて亜蘭が現れた。  亜蘭に今知った事実をすべて話した。あの壺が昔、五月の両親を殺したということも。 「あなたは何か知ってるの?」  叔父が塩見を出入り禁止にしたあの日、狭間と亜蘭が夜遅く訪ねてきたことを問い詰めた。 「信じないかもしれませんが、僕は黒魔術師の一族の生き残りです」  亜蘭は静かに語り始めた。それは現実とは思えない話だった。 「僕の一家は、黒魔術でもヒタムダクンの壺を操る“壺使い“と呼ばれていました」   「壺使い?」  ヒタムダクンの壺は亜蘭の一族が守ってきたもので、壺は一族の壺師と呼ばれる家が特別な製法で作る。一つの壺につき5回の効力があった。  ある時、その壺の噂を知った省蔵の命を受け、日本からわざわざ訪ねてきた者がいた。骨董商の狭間だった。  狭間は金に目がくらんだ壺師から、新しく作られたばかりの壺を高額で買い取った。 「でも壺を手に入れただけでは駄目なんです。壺使いがいなければ、壺は効力を発揮しない」  それは壺使いの家にだけ受け継がれており、壺使いが呪文を唱えることで効力は発揮される。  狭間は試しにここで一度使用して効力を確認し、日本に持ち帰ったあとは蒐集家にいわくつきの飾りものとして転売すると亜蘭の父を騙し、一度だけという約束で協力させた。 「父が祈る間、狭間はただ殺したい相手の名前を書いた紙を壺に入れればいいのです。ところが──」  翌日、亜蘭の父が急死した。狭間は紙に壺使いである亜蘭の父の名を書いて入れたのだ。 「そんな……」  五月の言葉は続かなかった。 「狭間は省蔵の金で土地のギャングを雇い、一族を抹殺して村に火を放ちました。そして幼い僕を連れ、壺を持って日本へ帰ったのです」  幼くとも壺使いとしての力を持つ亜蘭が必要だった。 「日本に連れてこられた僕は狭間の養子となり、壺使いの役目をさせられた。二人目の犠牲者があなたのお父さんと巻き添えを食ったお母さんでした」  五月は目の前が真っ暗になった。 「あなたも巻き添えになって一緒に死ぬところでした。けれども、あたなは聖なる数字である“5”を持って生まれた子だった。あなたの名前があなたを助けたのです」  亜蘭は五月の顔の前に右手を差し出し、彼女の眼を塞ぐ。そして呪文を唱えて手を離す。  その瞬間、五月の目の前がぱあっと明るくなったように感じ、それと同時に忘れていた記憶が一気に蘇った。  父の顔、母の顔、そして──。 「私は、田原五月じゃない! 小野寺五月(おのでらさつき)だった!」
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