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あと1回
翌日、省蔵が黒紋付きの羽織袴を着て塩見のお別れの会に向かったあと、五月は書斎に入った。
棚に飾られていたヒタムダクンの壺を持ち上げ書斎を出ると、亜蘭が待つ東屋へと五月は向かった。
「さあ、紙に呪いたい相手の名前を書いてください」
亜蘭が言うと、「もう用意しています」と折り畳んだ白い紙を五月は取り出す。
「では壺に入れてください」
亜蘭が蓋を開けその中に五月が紙を入れると、亜蘭が異国の言葉で呪文を唱えた。
「ラフマヤサリ、セラノバサラドゥー、アビテサラヌバ、ホロサラレテオイ……」
長い呪文が終わって亜蘭が蓋を閉めると、その隙間黒い煙が隙間から溢れ出して宙に消えた。
「さあ、これで呪いは成就します」
亜蘭が言うと、五月はにっこり微笑んだ。
「もうこれで祖父は邪なことを考えなくなるでしょう。あなたも自由になれますよ」
五月が余りにもきらきらした瞳で嬉しそうに言うので、亜蘭はその真意を尋ねることができなかった。
翌朝──。
省蔵から狭間に一本の電話が入った。
五月が眠ったように息を引き取っていたという、その知らせだった。
いわゆる突然死で、苦しまずに逝っただろうと死亡確認をした医師は言った。
五月のベッドサイドには、省蔵宛に手紙があった。
そこには、亜蘭を自由にしてやって欲しい。また省蔵には二度と悪いことに手を染めて欲しくないとだけ書かれてあった。
妻子を持つことがなかった省蔵は、実の孫娘のように可愛がっていた五月の死に慟哭し、以後表舞台に出ることなくそのままひっそりと余生を送った。
五月の死の知らせと伝言を聞くと亜蘭は突然姿を消し、その行方を知る者はいない。
そして5回の役目を終えたヒタムダクンの壺は、省蔵の書斎から忽然と消え去っていた。
<了>
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