47人が本棚に入れています
本棚に追加
東屋の思い出
幼い頃、祖父の屋敷の庭の、薔薇のトンネルをくぐって行った先にある東屋が、五月のお気に入りの遊び場だった。
その日も東屋で一人で遊んでいると、こつっと足音がして五月は振り向く。
中学生なのか、紺色の学ランを着た少年が立っていた。
陽に灼けた褐色の肌にブルーがかった黒い瞳、黒いさらさらの髪の毛で、大人びた表情をしていた。
「あなたは誰?」
五月は尋ねる。
「僕は君の友達だよ、五月ちゃん」
そう答えた彼は、とても悲しそうな表情をしていた。やがて彼は五月に何かを差し出す。
「これをあげる。持っていればきっと君を守ってくれるよ。君は聖なる数字を持って生まれた子だからね」
そう優しく言われて、五月は素直に手を出し受け取った。
それは大人の親指位の小さな木彫りの人形だった。
円錐形の胴体に丸い首があり、切れ長の目、薄く赤い唇がにやりと笑い、身体の部分は曼荼羅模様のように彩色されていた。明らかに日本の物ではない、エキゾチックで少し不気味な感じがした。
「怖い」
子供心に感じた気持ちを正直に言うと、少年はふっと笑う。
「怖くないよ。ほら」
少年はそう言うと、掌で人形を覆って何か呟く。そして掌を外すと可愛い兎に変わっていた。
「えっ? どうして? 手品?」
五月は驚きの声を上げて少年を見る。
「ね、これなら大丈夫だろ? この兎が君を守ってくれるよ」
その時、「お嬢様、五月お嬢様──!」と、五月を呼ぶ声がした。
「もう行かなきゃ」
「うん、じゃあまたね」
少年が言う。
「ありがとう! またね」
五月は答えると、人形を握りしめ声の方へ走って行った──。
最初のコメントを投稿しよう!