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「その記者が言うんは、毎日顔が映せるほどの薄い雑炊を二食だけで、復興工事の重労働にこき使われよると。毎日何人か、マラリアと栄養失調で死んどるらしい。今、吉田首相がマッカーサーを通してイギリスに抗議しちょるが、まだ復員がいつになるか、生きちょる軍人の名簿もよう寄越さん。戦争が終わって一年近くたつちゅうに」
店主は唾を横にペッと吐きながら語った。
奥さんは、袖のふちで涙をぬぐった。
「生きちゅうと信じて待ちましょう。あんな身体になっても帰って来てくれれば……」
松は涙を流しながら、露店の隅で右手と両足をなくした復員兵が、空き缶を前に物乞いをしている姿に顔を向け、言葉に出した。
松と奥さんが泣きやんだころ、店主は「米1升と味噌2合でええかの?」と、えんどう豆の代金の査定をした。
40も半ばの松にとっては、配給と合わせれば次の収穫までは事足りる。松は闇市場の夫婦に礼を言い、えんどう豆を入れていた麻袋にコメと味噌を隠し、背負子に乗せぼろ布をかぶせた。
そして背負子を背負い、よっこらしょと片手杖を両手で使って立ち上がった。
そして、闇市を歩くときの注意深い目に切り替え、来た道を戻っていった。
ところどころ焼け跡の残る、人気のない小森江駅の構内で小休止を取る。
闇屋の奥さんが「お昼まだやろ? 持っておいき」と袂に入れてくれたふかし芋を、あたりに人がいないのを確認して取り出した。
終戦して1年たらず、食べ物を持っているところを人に見られたら、襲われて奪われることもあるご時世だった。
松は、息子はこんなものも食べれないんじゃないか? と悲しくなって半分しか食べられなかった。
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