ツバメのただいま

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 明け方のこと、バラック小屋の扉ががたがたと音をたてた。  松は目を覚まし、もしや、息子が帰ってきたのではないか? と寝床から出て、そのまま這いつくばって玄関へ行き、トタンで作った扉をあけた。  ツバメの死骸がふたつ、玄関前に落ちている。  この春、このバラック小屋の軒下に巣をつくっていたツバメのつがいであった。空腹のカラスに卵を狙われて、必死に戦い、力尽きたのであろう。  松はゆっくりと部屋へ這い戻り、枕元に置いてあるB29のジェラルミン廃材で作った片手杖を使って立ち上がった。  このままにしては、野良猫のエサ、または飢えた人間に食べられてしまう。  松は死骸を胸に抱き、小屋の前に作った小さな畑の隅に埋めた。  軒下を見上げると、ツバメの巣は無惨に垂れ下がっている。  周りに卵やヒナの姿はない。カラスに食べられてしまったのであろうか。  小屋の軒にツバメが巣をつくったことを、松は喜んでいた。  ツバメは畑につく害虫を食べてくれるし、渡り鳥のツバメが自分の小屋に巣をつくるということは、待ち人が帰ってくるという、神さまの啓示だと思っていたからである。  昨年の北九州大空襲のとき、夫と子どもふたり、それと自分の右足をなくした松にとって、いまだビルマでイギリス軍捕虜になっている長男の復員だけが生きがいであった。  
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