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「おっ母あ、もろこしはここに置けばええんかね?」
つば九郎は小屋の上がりぶちに、とうもろこしを山にした籠を置いて松に聞いた。
男の子が小屋の前に倒れていた日から、ひと月がたっていた。
あの晩、何も話をしなかった男の子は、翌朝松が目を覚ましたときには、裸のままで畑で雑草むしりをしていた。
足の不自由な松が、なかなか手の届かない畑仕事であった。
松は、昨日のコメの1合を使って、朝食用の粥を作った。
粥が炊き上がり、畑作業をしている男の子を呼び寄せた。
男の子は、満面の笑顔で松の元へ走り寄る。
松は、男の子が眠った後、自分の持っていた小袖を、男の子の背丈に合わせて縫い直した着物を着せた。
米粒より水気の多い粥と、海岸で拾った海藻の煮物を男の子と一緒に食べながら、松が話しかけると、男の子は段々言葉を思い出したように喋りだした。
「あんた、親御さんは?」
「知らん」
「名前は?」
「知らん」
「どこに住んどったんね?」
男の子はトタン扉の上を指差す。
「小倉のメリケン教会に行こうね」
「いやや、オイラ働くからここに置いといて」
松は始め困惑したが、戦争のショックで記憶喪失なのだろうと、男の子が不憫になってきた。
しばらく保護して、折をみて誰かに頼もう。
この場は男の子の言葉を承諾した。
松自身も、亡くした家族の代わりに人と暮らすことを欲していたのかも知れない。
松は男の子に『つば九郎』と名前を付けて、ふたりの同居生活が始まった。
つば九郎は、子どもながらに畑仕事が上手で、片足で難儀していた松の仕事を、代わりにこなしていった。
特に作物に付く虫取りに長けて、野菜の出来も良くなっていった。
松が注意しなければ、捕まえた虫を口に入れることもしばしばあったが……
つば九郎は、松のことを『おっ母あ』と呼び、松も、つば九郎を息子のように可愛く思えていた。
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