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プロローグ
「やっと会えた。もう一度だけでいいから、会いたかった。」
何十年ぶりかの再会に、彼は微笑む。
「ようやく、君を僕の手で幸せにできるよ。」
いいえ、それは違うわ。
私はずっと、貴方に会えた時から。
ずっと、幸せだったのよ。
真っ黒な僕
真っ白な君が、横たわっている。
何十年ぶりに会う君は、爪先から頭のてっぺんまで、白くなっていた。
そんな君を眺める僕は、真っ黒。
白鳥の様に真っ白で、美しい君の横に、鴉のように真っ黒で、醜い僕が立っている。
君の記憶の中の僕の存在が、君を汚してしまう。
でも、今だけは。
この瞬間に感謝する。
「やっと会えた。もう一度だけでいいから、会いたかった。」
僕は微笑む。
この日を、僕は待っていた。
「ようやく、君を僕の手で幸せにできるよ。」
「いいえ、それは違うわ。」
君の優しい声が、僕の耳に響いた。
「私はずっと、貴方に会えた時から。」
「ずっと、幸せだったのよ。」
涙が、溢れた。
ずっと想っていたよ。
ずっと見守っていたよ。
今なら、君を幸せにできる。
「いってらっしゃい。どうか、幸せに。」
私は怖くない
彼が私に別れの言葉を告げると、光に包まれた。
とても暖かい。
目の前を、私の記憶が過ぎ去っていく。
行かないで。
手を伸ばしても届かないその光の中に、私は彼との出会いを見つけた。
彼を始めて見たのは、母方のおばあちゃんが亡くなった時。
いつも私の手を握って、抱きしめてくれた手は、もう動かない。
何が起きているのか、当時七歳の私には分からなくて、ただピクリとも動かないおばあちゃんを眺めることしか出来なかった。
その時だった。
初めて彼を見たのは。
真っ黒な服を着て、本のような物を持っている彼が、なんだかそこにいていないような気がして、恐怖よりも好奇心が沸いた。
「貴方、だぁれ?」
私が声をかけると、彼はびっくりして、本を取り落としそうになっていた。
その姿に、私は思わず、笑ってしまった。
「ちょっと、何笑っているの!」
母が私の手を引いて、葬儀場を出ていこうとする。
私はまだ彼を見ていたくて抵抗したが、大人の力には適わなかった。
それから数年が過ぎて、次はお父さんのお姉さんが亡くなった。
その葬儀の日も、私は彼を見た。
「ねえ、私のこと、覚えている?」
その時も、彼はびっくりした顔をして、私に尋ねてきた。
「どうして、君は僕が見える?」
「さあ、わからないわ。それよりも、貴方はだぁれ?」
私が質問を返すと、彼は視線を落とし、床と見つめ合った。
「ねえ、どうして返事しないの?」
私がもう一度聞くと、彼は少し寂しそうな眼を私に向けた。
「僕のことは、知らない方がいい。」
そう答えて、まるで背景に溶け込むように消えていった。
その後、私はずっと彼を探し続けた。
何年も、何年も、何処にいるのかもわからない相手を探すのは思いのほか大変だった。
それでも、私は彼を見つけることができた。
学校からの帰り道、子猫が死んでいた。
その隣に、彼が立っていた。
「友達になろう。」
声をかけても、彼は消えていなくなる。
近所のおじいさんのささやかなお葬式。
彼はまた立っていた。
「友達になろう。」
彼はまた消える。
それを何度か繰り返すうちに、ついに彼が口を開いた。
「僕は、君の友達にはなれない。ごめん。」
「どうして?」
彼は少し迷った後、私に告げた。
「僕は死神だから。僕が君に会うということは、誰かが死んでしまうということなんだよ。」
こんな時、普通の人なら怖いと思うのかしら。
私は怖いとは思わなかった。
「それは仕方のないことでしょう?私は貴方を怖がらないよ。」
彼はその言葉を聞くと、目を見開いて、静かに涙を流した。
「ありがとう。」
彼は優しい声でそう告げて、消えていった。
それから、彼は私に会いに来てくれた。
私の両親は仕事で忙しい人だったから、彼が遊びに来てくれることがとても楽しみになっていた。
毎日が幸せだった。
それは、あまりにも唐突に訪れた。
私の両親が、交通事故で亡くなったのは。
その日は、私の誕生日だった。
家族みんなでレストランに行って、楽しい休日を過ごした帰り道のことだった。
両親の葬儀の日、また彼は現れた。
いつも私に見せてくれていた笑顔がなくなって、とても苦しそうな顔をしている。
お葬式が終わって、私だけが葬儀場に残っている時、彼は私の両親のすぐそばに立っていた。
そして、いつも持っていた本を開いた。
その途端、母と父の体から何か光る物が浮いて来て、本の中に飛び込んでいった。
私は子どもながらに悟った。
母と父は、今、本当にいなくなってしまった。
一人になるのが怖くて、私は彼に縋り付いて叫んだ。
「嫌だ!返してよ!私のお父さんとお母さんだよ。返して!返して!」
今思い出してみると、彼はとても辛そうな顔をしていた。
「ごめん。これが、僕のやらないといけないことだから。」
彼はそう言って、また消えてしまった。
その日を最後に、彼は、私の前に姿を見せなくなってしまった。
もう一度会いたい。謝りたい。その気持ちが残ったまま、私は大人になった。
結婚して、子どもができて、あっという間におばあさんになって、孫ができた。
そしてある日、私は倒れた。
家族を悲しませてしまいたくはなかったけれど、やっと彼に会えると、少し喜ばしかった。
そして今日の朝、私は永遠の眠りについた。
やっぱり彼は来てくれた。
彼は何も変わっていなくて、あの頃のまま、優しかった。
自分は私を幸せに出来ないと思っていた彼に、言ってあげたわ。
ずっと幸せだったって。
彼は友達になった時のように泣いていたわ。
今までの仕返しよ。
私は、貴方に酷いことを言ったわ。
ごめんなさい。
貴方も、幸せに生きて。
もう一度、会えてよかった――。
僕が君にできること
僕は死神。亡くなった人の魂を好きに扱うことができる。
本当は本にしまわなければいけないけれど、僕は、君の魂を転生させることにしたよ。
君の記憶はなくなる。
僕の事も忘れる。
けれど、いつまでも、僕は覚えている。
真っ黒で醜い僕のことを、怖くないと言ってくれた君の優しさを。
君が両親の魂を返してと叫んでも、何も出来なかった僕の無力さを。
君がいなくなる前に、もう一度会えて、よかった。
僕は死神。今日も、誰かのそばに立っている。
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