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「夜は変わったね」
宇海が変わらなさすぎるだけだ、という言葉は呑み込む。宇海にそんなつもりはないのは分かっているけれど、なんとなく責められているような感じがして居心地が悪かった。
宇海の背を追って歩く。6年ぶりに訪れた街は、宇海と違って大きく変わっていた。空き地や畑はいつの間にか住宅地に変化して、真新しい建物がそこらじゅうに並ぶ街は、夜の故郷とはどうにも思えない。
夜も、街も、変わってしまった。あの夏の頃のままなのは、宇海だけ。
「……そりゃ、6年も経てば変わるんじゃないの」
夜だって、変わりたくはなかった。ずっと、あの頃のままでよかった。
そんな思いが出たのか、どこか投げやりな夜の言葉に、宇海はゆるりと首を振って見せた。
「夜は、カッコよくなった」
そう言って笑う宇海が、あまりにもあの頃のままで。
「……っ、宇海!」
衝動的にその手を取った。男にしては細い腕。
「夜?」
──言うんだ、今からならきっと間に合う。
宇海の手にきゅ、と力を込める。宇海は不思議そうな顔で、微動だにもせず夜を見つめていた。
「宇海!」
開きかけた口は、夜の後ろから宇海を呼ぶ声に遮られる。──誰だ。こんなにも宇海を、優しく愛おしそうに呼ぶ男は。
「朝日!」
宇海は男に駆け寄った。力が抜けた夜の腕をあっけなく解いて、夜の横を駆け抜けて。
男は宇海の手を取り、額を近づけて見せる。夜が見ていようがお構いなしだ。いや見せつけているつもりなのかもしれない。
──この男が、宇海の相手……。
宇海の頬は先ほどよりも心なしか赤く染まっていて、その腕は小刻みに震えていた。
それをみた瞬間、先ほどまでものぼせ上がっていた気持ちが一気に冷えていくのを感じる。
……思い出すのは、夜が触れたら震える宇海の腕。宇海が、夜にまだ恋をしていた、あの夏の──。
先ほど掴んだ宇海の腕は、微動だにしなかったではないか。
夜は自分の勘違いを自覚する。変わらないわけがない。なにせ六年も経った。あの夏の頃のままだって、……まだ夜のことを好きなままだって、そんなことあり得ないのに。
目の前にいるのは違う男を愛して、嬉しそうにその口づけをうける幼なじみだ。夜に恋をしていた宇海は、どこにも居ない。そして、あの夏のままなのは、あの夏のままでいたかったのは、夜だけだ。……まだ、ずっと宇海が好きな夜だけだ。
──言わなくて良かった。「好きだ」なんて。
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