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「姫!」
そのセリフを合図に、奥にいるボクは走る。長いスカートを持ち上げて。
※※※
ボク、野坂ラクト。北海道のおじさんちにお世話になってる中二男子。
本当は調理クラブだけど、いま演劇部で走ってる。風邪で休んでる人たちの替わりに学校祭の舞台を手伝ってほしい、と、クラスメイトの吉田さんに勧誘されたのだ。
「こっち人が足りなくて困ってんの。調理クラブはどうせパネル展示でしょ。こっち手伝ってよ」
バカにしないで欲しい。ボクらだって料理を振る舞いたいけど、部未満で予算もつかないとか保健所の許可とか大人の事情とかで出来ないだけなのだ。それに、パネル展示だって頑張って企画立ててる。地元名産・ホッキ貝をもっと食べようレシピだ。
ボクがイヤそうにしても、吉田さんは粘った。
「大道具手伝って欲しいけど…背格好めっちゃ似てるからさ、姫様の影武者もやってほしいな。後ろ姿だけだけだから」
「…お、お姫様?」
「うん、ドレス着るんだけど…後ろ姿で走るだけだから! お願い!」
ボクは……堂々とドレスを着れる誘惑に、負けた。
※※※
「うーん」
演劇部の部長が、困った顔をしてボクを見た。
「似てる。後ろ姿が加賀さん(お姫様役の人)にすごく似てる。似てるんだけどなぁ」
「あ…変でしたか?」
稽古用にと履かせてくれた長いスカートが嬉しくて、踊りたいくらいなのを全力で我慢していたボクは、心配になった。嬉しさが漏れてたかな?
「やっぱり走りがね、完全に男。プロポーズから全力で逃げる姫の走りがほしい」
「姫の走り……」
「うーん。肘を広げない。脇締めて。足音立てない。背筋伸ばして、顎引いて。高貴な人の優雅な走りを演じてほしい」
必死で頑張った。でも演じる、って、どうすればいいんだろう。
「やっぱり女子にやってもらう方が…」
聞こえて、ドキッとする。
クビになったら、ドレス着れない。
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