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episode 1
『もう宝とは会えない──ごめん』
たったそれだけの短い一言で、今迄一緒に過ごしてきた時間が全て崩れた気がした。
海はそれ以上何も言う事なく、俺に背を向けて立ち去って行った。去っていく彼の背中を、卒業証書を手にしたまま呆然と眺めていたあの瞬間は今でも記憶の中にこびりついている。
彼に掛ける言葉が見つからなくて、伝えようとしていた想いも結局伝えられずに終わり、俺はこの日あまりにも呆気ない形で失恋した。
「宝。今日飲みなんだけど行く?」
授業が終わり同じ講義を受けていた友人に声を掛けられる。片付けをしていた自分は顔を上げ「やめとく」と口を開く。
「あんまり乗り気じゃなくて。いつも誘ってくれてるのにごめん」
「いいよいいよ。宝、女の子多い飲み苦手だったもんな。また別の機会に誘うわ」
じゃあ、と立ち去っていく友人の背中を見て、分かっているなら誘うなよ...と内心溜息を吐く。女の子が苦手...というより、恋愛を目的とした飲みに行く事が嫌なだけである。俺はずっと、あの頃から前に進めていない。ずっとずっと、あいつの事が頭から離れてくれない。
海──中学からの幼馴染で、家が近くいつも一緒にいた親友だ。彼と一緒に過ごす時間は心地良く、他の友人達とは違う『特別』を感じていた。恋愛に変わっていく迄、そう時間は掛からなかった。卒業間際に告白をと思い、彼を呼び出したのだが....告白をする前に、もう会えないと完全に縁を切られてしまった。それからずっと音信不通で会えていない。
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