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「おいでって......宝にそんな迷惑掛けられないよ。それに──」
スッと目を伏せて窺えたのは『罪悪感』。海はあの時の別れを気にしている。俺も気にしている。ずっと気になっていた、俺達の時間に亀裂が入った瞬間だ。今ここで海を帰したら、今度こそ二度と会えないかもしれない。海を繋ぎ止めておくには、過去に蓋をし、何もなかったかの様に振る舞う事だ。
「海とは友達だと思ってるし.....一緒に家に住めたら楽しそうだなって。どうかな」
嘘。
海の事は友達だと思っていない。あの頃からずっと俺の初恋は海で、海以外を好きになった事がない。でも友達だって念を押したら海はきっと──
「....そうだね。それは凄く楽しそう。だって宝だもん」
断れない。
そう言って微笑んだ海に「決まりだね」と片手を差し出す。キョトンとする彼に手を差し出したまま「握手だよ」と笑みを浮かべる。
「これからまた宜しくね、海」
「....うん。暫く世話になるよ、宝」
暫く....か。きっと宝は俺の家に住んでいる間に新しい家を探すのだろう。自分は、ずっと住んでいていいよという意味で言ったのだけれど──流石に本人にはその事は言わなかった。初めて繋いだ彼の手はひんやりと冷たい氷みたいだった。
ひょんな再会から一週間経ち、海の荷物は俺の家に全て届いた。元々二人が住める広さのマンションだった為、使えず終いだった空きスペースを彼の部屋にする事にした。
「わぁ、結構広い」
入居初日、海ははしゃいだ様子で新しい部屋を眺めながら言った。前住んでいた所は古いせいか雨漏りが酷かったり、隣人の声が壁が薄いせいで聞こえてきたりなど、何かと生活に不便があったらしい。
殆ど勢いでこの展開に持ち込んだけど....海の様子を見る限り、嫌ではなさそうだ。ホッと胸を撫で下ろし、キッチンに向かい冷蔵庫の中を開ける。買っておいた酒缶を二つ取り出し、部屋の前でキラキラした目をして動かない彼の頬にぴとっと当てる。
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