4話・王城でニーバンと逢うが、侯爵令嬢はライバルか! 

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 アカリーヌは親を前にして戸惑う。すすんでお受けしますとは言えない。父は答えに迷っているふうだ。普通は、よろしく、と承諾するところだが、なぜかアッチスグ公爵とは仲がわるいらしい。性格が合わないのだろう。庶民レベルでは交流も盛んだ。  母が積極的だ。 「よろしいじゃないの、あなた。アカリーヌが嫌ならお断りしますか?」  子爵の娘だった母が父以上に貴族へ拘りもあるらしいが、表にはださない。 「私でよろしければ、お受けしますわ」  答えながら、ダニエルが何か知っているような顔でうなずくのも見えた。 (会ったかな。市場へ留守中に来たとか)  あり得るだろう。ま、社交上の付き合いだ。蹴飛ばすようなことは起こらないと思う。たちあがり、ニーバンのエスコートで前のほうへ歩く。令嬢たちの羨望と驚きの声を感じる。 「ダンスが好きなのよ」 「あたしとも踊ってくださるかしら」  ここで、令嬢たちを見返したい思いも出てきた。 「ニーバン様と踊れて、嬉しく思いますのよ」  微笑んで周りへ視線を流す。 「肩が凝る。さま、はいらないよ」  わざわざ顔を寄せて囁くニーバン。しかし、この場では、様、だろう。そして気になること。 「王女様も、肩が凝ると聞いたことあるらしいけど。公爵家なら親戚みたいなものだし、話した?」 「それな。婚約してたから」 「ええっ。こん」  大きな声にみんなが注目したのに気づいた。  まあまあ、とニーバンが宥めて、踊場へ。席へ戻ったキャリロン王女と目が合ってしまったが、すー、と逸らされた。たしかサナエがなにか言ってたはず。踊りは簡単にワルツに合わせて揺れながら踊り場を回るだけだ。お喋りが目的でもある。 「サナエさまがおっしゃってた、あれって。それ?」 「たぶんな。王女様は切り替えも早い方だ、問題ない。それより王子様だよ」 「戸惑うとか。なにかあったのかしら」 「サナエ様と婚約してた。革命なら、婚約破棄を蒸し返されないか心配もするはず」  王家と公爵家、そして侯爵家を巻き込んだ恋愛事情がみえてきた。ちょうどアカリーヌはサナエの前を通るが、長いまつ毛を伏せてワインを飲んでいる。わざと無視したようにも思える。 「複雑なんだね。余りもの同志。サナエ様と一緒にならないの」  半分は冗談だが、ニーバンがうなづいた。 「親同士は結婚させたがっていた。いまは、ちょっとやることがあるからな」  聞き方によっては、前向きにも受け取れる。流れから、公爵家と侯爵家での縁組はあり得るだろう。 「ニーバンも色々あるね。そうだ、ニートなのに何をやるの?」 「女王様から特命。竜の目の涙を探している」  そこへ話は行きつくのだろう。フモート地方には無いと思ったはずだが、諦めきれてないのか。 「どこかにあると良いね。なにに使うか、まだ内緒なの」 「王子様。前に話しただろ。本音は聞いたが、庶民へは綺麗ごとだけを並べている」 「べつに貨幣を流通させるのは良い話と思うけど」 「だから、竜の目の涙を飲ませてから、聞いてごらん。イケスカナイ王の城で飲んだと記録にはある。近くで水のある場所は、フーモト地方だよな」  オーカウエ地方に旧王統の城跡がある。 「さすが名推理。お酒を竜の涙で。水割りにして飲んだんだよきっと。酔っぱらって喋ったと」  そういうことにしておこうと決めた。 「サナエ様も、同じことを言ってた。竜の目の涙に何か未知の成分があるかもしれない」  ここでサナエがでてくるのか。ま、いまは無視しよう。 「そうだね。女王様も知っているんだね竜の目の涙は」 「伝説だからな。存在を信じたい思いはあるようだ。話してみるか」 「誰と」 「女王様と。ほら、すぐそこにおられる」  いやいやいや、この場所で気軽に話せる相手ではない。 「きょうは王様の回復祝いだし。べつにお話しすることもない」 「いいから、いいから。竜の涙、美容液にも関心を持たれておられる」  ニーバンは、気に入った考えと思ったようだ。アカリーヌの右手を引っ張って女王の前へ歩こうとする。 「もう。怒ったからね」  左足の膝まで裾を上げると、思い切りニーバンのわき腹を蹴っ飛ばした。 「ぅわっ」ニーバンが悲鳴を上げて、手を放す。伴奏が止み、騒然とした騒ぎがまわりで起こった。 (やっちゃったなー)  王様も座る目の前で、お転婆ぶりをいかんなく発揮してしまった。また縁談は遠のく。 「ごめんなさい。つい」  縁談どころではないはず。ニーバンは苦笑いのような表情で、頭をかいて恥じるようだ。  軽く拍手して立ち上がったのがキャリロン王女。 「素晴らしい余興であるな。女も選ぶ権利があろう。存分に遊ぶが良い」 「サプライズだったのか」  安心しような声が響き、伴奏も再開する。アカリーヌは演技が終わった役者のように一礼すると席へ戻る。令嬢たちがキャリロン王女の言葉に刺激されたか、腰を浮かせて、積極的に令息たちへ話しかけていた。 「勇気をもらいましたなー」  ハルナも立ち上がり近づく。 「王女様のフォローで助かりましたわ」 「あー見えて、女の味方だからのー」 「たしかに、あーみえて、ではありますよね」  ただ威張っているだけではないらしい。女性の地位向上のためだろう。 (だけど、どこまでついてくる)  後ろにハルナが歩くのを感じながら、家族の席を前にした。ハルナがフーモト男爵へ挨拶しだした。 「きょうはお日柄も良く。ハナレテル伯爵家のハルナと申します」 「きょうはお日柄も良く。ハナレテル伯爵様とは一緒に仕事をさせていただいてます」  フーモト男爵としては、歓迎する相手だろうが、アカリーヌは予想ついた。 (ダニエルを誘いに来たか。勇気をもらったって、こういうことか)  考えている間にも、用件にはいる。 「初登城のダニエル様へお祝い申し上げます。これを縁に踊らせていただきたく、参上いたしました」 「それはそれは感謝申し上げる。ダニエル、良きお誘いだよ」  言われなくても、満面笑みのダニエル。 「こちらこそ、よろしゅうなー」  立ち上がりハルナをエスコートやりだした。ぎこちないが練習はしていたはず。 「蹴飛ばされるなよ、ダニエル」  エール代わりに言う。 「お姉様じゃありませーん、よーだ」  ダニエルが振り返り、べー、と舌をだすが、真剣な表情になりエスコートを続けた。
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