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イザベルとシラベルに伴われてエマたちが現れる。胸の大きく開いたドレスで、舞台演劇風とも思えた。
マームが小声で教える。
「きょうは昼間に講演があったそうでございます。急いで来られたのかと」
「舞台は厚化粧をすると聞いてるけど。落としたのね。それで」
クレンジングはしたはず。それでも、必要なのか。まずは肌を見てからだと思う。
エマは未だ舞台の余韻で緊張しているようだ。
「あの、竜の目とかいうの。気持ちが安まるから楽しみにしておりました」
「温熱はリラックスしますでしょう」
「そうだね。それより、快復祝いは華やかだったでしょう。貴族方がそろうと。面白いことはなかったかしら」
「面白いですかー。王女様の前で男を蹴飛ばしましたが」
「お転婆な令嬢だね。だれかしら」
「私です。聞きます?」
「これは失礼。というより、シリアスな演技をしたので、喜劇みたいな話を聞きたいところだ」
それなら、とニーバンと踊ったことを話す。
「イケメンでしたから、まわりの嫉妬みたいな視線もありましたねー」
「演劇より面白いな、貴族たちは」
エマも柔和な顔になり、なにかを思いだしたように笑う。
「女王様も良く言ったって感じだね。へえー、威張ってるだけじゃない」
「あんがいね。いや、聞いてるかも」
イザベルたちと並んで審査席に座るのに気づいた。
「楽しそうじゃな。リラックスするのは良いことじゃ。まだ施術は始まらないか」
たしかにそうだが、肌を観察もしていた。軽くマッサージするだけで良いだろう。コミュニケーションを取るのも施術するときの基本だ。
美容術で顔面マッサージは、こすったりさすったりの肌の刺激で皮下細胞を壊す恐れもある。血液循環が良くなることで肌の代謝は良くなるが、顔の筋肉を鍛えるわけでもない。化粧水で角層を柔らかくしてから、オイルやクリームなどを使って滑りをよくしてからマッサージ。たぶん施術している人は、素人が思うより軽く触れている。
アカリーヌはいつもより軽く丁寧に施術する。
「デコルテもできるかな。ちょっとやりにくいし」
エマは自分の手で鎖骨へするのが苦手のようだ。
「よろしいですよ。ちょっとあれですが」
胸元まで濡れるかもしれない。マームにタオルをお願いして、エマの胸を覆う。耳の下から肩先へと、鎖骨の窪みへまで軽く摩る。自分でやるときは反対の手でやりやすい。首と肩の付け根にリンパ節があり、鎖骨はそこへむけて摩る。
「逆だったかな。こう、撫でおろしてた」
「リンパの流れはそうですが、刺激にはなると思いますよ。左側と、できれば、脇などにも大切なリンパ節がありますから」
軽くさすれば、リンパ液を刺激することになるだろう。リン波念力とは、リンパマッサージのことだと思う。
皮膚を押せば、へこむ位置にリンパ管はある。軽く摩っても刺激を受ける場所だ。アカリーヌが施術するリンパマッサージは、鎖骨リンパ節からはじまり、耳のうしろから鎖骨へ。耳の前から後ろへまわし、鎖骨へ。顎の下から耳の後ろへ。顔は中心から耳の前へ。頬骨あたりから顎へ。こうして、最初に戻る。やりかたには、別の方法もあるらしい。初めて、鎖骨からを公開したわけだ。
エマはアカリーヌが気に入ったようだ。
「椿油もな。商店街で買い求めた。お洒落な瓶にはいっていた」
「やはり、容器もたいせつでしょうか」
「インテリアになる。アカリーヌは飾りが嫌いか」
「そうですねー。高いのはちょっと」
「輸入したカメリアンオイルより椿油は安いものだ。やはり女はお洒落がいい」
コマチも浴衣にはこっていた。
「竜の涙も、樽では売れないからね」
「化粧水もお洒落なもの。フモート地方では手軽に使えるのか」
「湧水ですから。使おうと思えば」
源泉の場所で施術も考えるが、田舎だ。
「もっと流行れば、フモート地方へお客様を呼ぶことも可能になるはずだ」
心強いファンができた。リン波念力も、美容術のライバルは多いし、竜の涙を売るのがいいのか。あとひと工夫は必要だと感じた。
アーホカの施術も終わったらしく、キャリロン王女が立ち上がる。
「勝者を決めるときがきた。施術者とモデルは観客の前へでよ」
はたして、今度の美容術対決に隠されたテーマは何かも明かされるのだろうか。
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